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記事1第6章 見ること

第6章 見ること

全体性を重視する身体療法家が使える評価には、多くの形がある。容易で単純であり、行うのにそれほど技能を必要としないものもある。たとえば、クライアントが椅子から立ち上がり、別の椅子まで歩き、座るのにかかる時間を計ることもできる。あるいは、可動域を測定してもよい。正確に行うために、訓練と、はるかに高度な技能を必要とする評価もある。第5章では、高度に発達した知覚の技能に基づく評価を、かなり多く示した。たとえば、事例4で扱ったクライアントについては、地に足のついた感じがあり、自信を持って振る舞っているが、胸には、引きこもる感じと悲しみも示していると述べた。また、10歳のときにトラウマを受けた可能性にも言及した。頭を施術者の手で支えることで、骨盤と仙骨の、秩序を妨げるものを感じることを論じた。身体の内側と周囲の、エネルギーの歪みを知覚することも述べた。

容易で単純な評価については、明らかに客観的な根拠に基づいている傾向があるため、その正しさがどうしてわかるのかを、通常、私たちは問わない。しかし、上で述べたほかの種類の評価については、同意を引き出すには主観的すぎるように見えるため、疑いを抱きがちである。主観性と客観性のこの探究を進める中で、私たちが発見するのは、いわゆる主観的な評価は、美的判断に似ているということである。第10章までには、全体性を重視する評価と美的経験が、なぜ主観的でも客観的でもないのかが、明らかになるだろう。

明らかに、熟練した知覚は、全体性を重視する徒手療法の実践の中心にある。それがなければ、療法は、目の見えない猫が、時折、死んだネズミを捕まえることに似たものになるだろう。また、それは、全体性を重視する施術者に教える最も難しい技能でもあるかもしれない。ロルフについて少しでも知る人なら、彼女が並外れた知覚能力を備えていたことを知っている。彼女は学生たちに、見る必要があるのに、ただ目を向けているだけだと言ったことで知られている。私たちの大半は、おそらく、この区別によって彼女が何を言おうとしていたのかを、直観的にはわかっている。しかし、その意味を完全に明確にしようとすると、言葉が見つからなくなる。今日に至るまで、「見る」ことが何から成り、どう教えるかを理解するための、合意された標準的な方法はない。

本章と次章の目的は、私たちの妨げとなる哲学的な前提を検討し、見ることについての、簡単な、自己学習のための3段階の練習を明確に述べることで、この困難を解消することにある。私はこの3段階の過程を、現象学から、そして何よりも、ゲーテによる「精密な感覚的想像力」の発見から掘り起こした。知覚についてのこの議論全体を通して、私は両方のアプローチと、それらをアンリ・ボルトフトが説明する仕方に、大きく依拠している。[1] 全体に、私自身の説明と考察も織り交ぜてある。見ることをめぐる困難には、おそらく多くの理由がある。最も気づきにくく、厄介な障害の一つは、ルネ・デカルト(1596–1650)の影響から、直接生じている。

デカルトは、正当に、近代哲学の父とみなされている。彼の哲学は、私たちの世界を深く形づくった。その影響はあまりに広く及んでいるため、デカルトの名を聞いたことのない人々まで、彼の枠組みを採用している。彼の哲学は、科学の合理的な基盤を築こうとした。その結果、彼の努力は、近代科学の時代を開いた。彼は、主観と客観の区別の内容を、あまりに根本的に、しかも狭く組み替えたため、両者のあらゆる相互作用が、まったく不可能になった。知覚についての私たちの考え方は、主観性と客観性についての、自己破綻的で、狭すぎるデカルトの理解によって、深く形づくられている。時には、デカルトの哲学を否定する認知科学者の説明の陰にも、その哲学が潜んでいるのを見つけることができる。

知覚の輪郭を適切に探り、全体性を重視する評価の働きの正当性を示す前に、デカルト的な世界観が、問題となる現象を理解しようとするあらゆる試みを、どう損なうのかを明らかにする必要がある。

デカルト的な世界観

ここに示すのは、知覚の因果的・表象的理論を、簡単な図でまとめたものである。多くの問題のある前提は、デカルトとガリレオ(1564–1642)が最初に唱え、広く受け入れられるようになったこの理論をめぐる混乱に、その源を持つ。この見解によると、外界についての知識は、感覚と神経系が、自分たちの外にある物質的な現実と因果的に相互作用する仕方を通して生じる。感覚と物理的な現実との相互作用から、脳は観念を生み出す。それは、感覚の向こうにあるものの表象、すなわち心的な像として働く。この理論によれば、私たちは、自分たちの外にある世界へ、直接接することはできない。接することができるのは、現れ、すなわち心の中の表象的な観念だけである。

この理論は、私たちがどのように外界についての知識を持つかを説明するはずのものである。残念ながら、この理論は、まさに説明しようとすることを、不可能にしてしまう。ある観念が、脳が作り出した幻覚なのか、真の表象なのかを知るには、その観念を、表象される対象と比較できなければならない。観念と対象の比較が可能なのは、観念と対象の両方に接することができる場合だけである。しかし、この理論は、その可能性を排除する。接することができるのは観念だけであり、対象そのものではないと、明確に述べている。その結果、この見解では、外界と他者の心についての知識は、不可能である。

![知覚の因果的・表象的理論](/Users/rakko/Documents/Codex/2026-10-08/embodied-being-epub-chatgpt-library-file-3/outputs/assets/00002.jpeg)

| 図中の語 | 和訳 | | ------------------------------- | ------------------- | | Represents | 表象する | | Cause | 原因 | | Idea | 観念 | | Brain: Neural Hardware Computer | 脳:神経のハードウェア・コンピューター |

これらの問題は、経験の報告と、その経験の因果的な説明を混同することから生じる。因果的な説明が与えられるのは、知覚を可能にする条件だけなので、私たちの経験を記述することはできない。たとえば、知覚の内容が何であるかを教えることはできない。私たちが何を見ているかを教えることはできない。それだけではない。その説明が指定する条件は、大部分が、因果的に結びついた一連の神経過程であり、原理的に、直接経験することができないものである。その説明は、何かが見えるようになる、すなわち現れてくる過程と、それが、たとえば木という対象として見えるようになる、その対象とを、誤って記述するとともに、混同している。何かが何かとして知覚されるようになる、その経験を記述していない。因果的な説明は、決して直接の経験にはなりえない、因果的に結びついた神経過程を扱うため、経験の記述ではなく、そうなることもできない。別の言い方をすれば、一人称の存在論を、三人称の存在論へ還元することはできない。明らかに、この理論の因果的な側面も、表象的な側面も、経験される現実を捉えることができない。これから繰り返し見るように、知覚の因果的・表象的理論には問題がある。それは自己破綻的であり、因果的な説明と経験の記述を混同し、抽象的な反省的思考を、直接の、生きられた経験と取り違えるからである。

経験の報告を経験の説明と混同することは、あまりに広く行き渡っているため、その誤りに気づく人はほとんどいない。いわゆる普通の街の人から、高度な訓練を受けた神経科学者まで、私たちの思考には、デカルトの世界観の影響が、常に存在することがわかるだろう。

デカルトの共約不可能性の命題と呼べるものは、心と物質を、互いに対立する、共通の尺度を持たない二つの存在論的な類型として特徴づける。デカルトは、この区別の両側をあまりに厳しく狭めたため、両者の間に、架橋できない隔たりを作り出した。デカルトのように、身体と心が、まったく共通の尺度を持たない存在論的な類型だという前提から出発すれば、心と身体の間の、どのような相互作用も不可能になる。そもそも、空間を占めないもの、すなわち心が、空間を占めるもの、すなわち身体に、どう影響できるだろうか。

この考え方が認める、自ら活動することの唯一の源は、人間の心であるため、自然と物質的な世界は、不活性なものとして捉えられる。身体は自然の一部であり、同じように不活性である。したがって、自然も身体も、本質的に死んでいる。身体が本当に不活性であるなら、心の完全な外部にあり、私たちが謎めいた仕方で結びついている、まったく異質な対象として経験されるだろう。この見解は、考えれば考えるほど奇妙に思える。空間を占めないものが、空間を占めるものに影響できないなら、そもそも身体を経験することすらできないはずである。[2]

デカルトの枠組みの、より広く浸透した前提の一つは、実在的で客観的なものとは、測定できるもの、たとえば重さ、大きさ、形である、というものである。測定可能なものだけが実在するという考えは、科学は測定できるものだけを探究すべきだという、ガリレオの方法論上の勧めから始まった。この科学の進め方についての方法論的な勧めから、ガリレオは、測定できるものだけが実在するという、正当化されない形而上学的な結論を引き出した。形而上学的な結論が方法論的な勧めから導かれないこととは別に、この主張は、ほかの理由からも疑わしい。たとえば、測定可能なものだけが実在するなら、測定という行為そのものを、どう考えるべきだろうか。それは測定できるのだろうか。

共約不可能性の命題は、物理的な対象は空間を占め、時間に従うと主張する。心的な出来事は時間的だが、空間を占めない。物理的宇宙全体は、機械的な出来事からなる、機械的な出来事である。イチゴの甘さやリンゴの赤さなど、測定できないものはすべて主観的である。身体は、意識と呼ぶ幽霊のような現象が住みついた、柔らかな機械にすぎない。主観の側は、心、「こちらの内側」、閉じ込められた、考える自己である。それは私的で、孤立し、閉ざされ、物質的な世界から切り離され、存在論的に身体とは別の、異なるものである。客観の側は、測定可能で、機械的で、意識を持たない「あちらの外側」とみなされる。こう問うことは有益である。あなたは本当に、自分を、閉じ込められた、空間を持たない「こちらの内側」として経験し、柔らかな機械である身体を介して、意識を持たない、機械的な「あちらの外側」と、謎めいた仕方で関係しているのだろうか。

明らかに、デカルトの心と身体の違いの述べ方は、両者の相互作用を不可能にする。同じ考察は、心と外界の間の、どのような相互作用も不可能であることを示す。機械的な過程が、空間を占めない表象的な観念の出現を、どう引き起こせるだろうか。結局、外界という概念は、知覚の因果的理論によって作られた、抽象的な構築物である。外界というものは存在しない。外界という概念は虚構であり、指示対象を持たない概念である。

心的なものと物理的なものを区別する、デカルトの仕方に呪縛されている限り、私たちは、心と身体の相互作用を理解することも、デカルトが自分自身と私たちの文化を追い込んだ、独我論的な袋小路から抜け出すことも、決してできない。唯一の出口は、最初からやり直すことである。メルロ=ポンティが明確に理解していたように、心と物質を理解するデカルトの仕方を、身体なしには心は理解できないことと、心と身体が同じ現実に参与していることを捉える記述に、置き換えなければならない。デカルトの記述を置き換えるというメルロ=ポンティの提案に加えて、私は、心と身体は対立する二つの実体や物ではなく、同じ相互依存的な活動の、二つの表現であるという考えも付け加えたい。これらの問題には、本書の後の章で戻る。

救いとなる現象学

現象学を進めた主要な人物には、フランツ・ブレンターノ(志向性を発見、1838–1917)、エトムント・フッサール(現象学の父とされる、1859–1938)、マルティン・ハイデガー(実存的、解釈学的な現象学を提唱、1889–1976)、モーリス・メルロ=ポンティ(実存的、解釈学的な現象学を、生きられた身体と、より深い知覚理解を含むものへと拡張、1908–1961)、そしてもちろん、ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ(ある種の原初的な現象学を実践し、質の科学を発展させた、1749–1832)がいる。

現象学は、後から反省の中で考えられる経験ではなく、生きられるままの経験を受け入れることで、デカルト的な世界観を逆転させる。生きられた経験とは、反省以前に、その中を生きているままの経験である。自分がしていることについて考えた途端、私たちは、もはや反省以前の意識の方向づけの中にはいない。反省において、世界は、主観と客観として経験される。

現象学には多くの理論が伴うが、それは経験の理論というよりも、経験にどう注意を向けるかの方法である。見通しを得るため、現象学が知覚にどう取り組むかの、ごく簡単な記述から始めることができる。現象学は、知覚の生きられた経験から始め、反省以前の知覚する活動と、その対象が生まれてくることを、それが起こっている最中に捉えようとする。反省と反省以前、すなわち生きられた経験の違いを認め、両者の絶え間ない相互作用にとどまることで、現象学者は、現れたり、見えるようになったりしているものに参与する。反省は、暗黙のうちに常に働き、反省以前の経験に潜在しているにすぎないものを、明示的にしている。物事が生まれてくる仕方への、このような鍛えられた注意を育むことで、現象学者は、生きられた経験を抽象的な理論に置き換える誘惑に陥らない。そのため、探究している現象とのつながりを失わない、経験の記述を与えることができる。

知覚をその働きの最中に捉えるためには、ボルトフトによれば、「概念として捉えられるものを捉える行為に取り組んでいる、その最中に、注意の焦点を、捉えられるものから、捉える行為へと移さなければならない」。[3] 経験の中で、私たちは、経験されるものを得るという達成から、経験されるものを得つつある経験へと、注意を移すことを学ばなければならない。意識の中でのこの転換は、見る仕方の変容へと導き、それが今度は、内容に何かを加えることなく、見られるものを変容させる。突然、新たな仕方で見て、見られるものも、新たな仕方で見る。この転換は、見ることの核心にあり、見ることを学ぶ第1段階の、重要な部分である。

![キリンの図](/Users/rakko/Documents/Codex/2026-10-08/embodied-being-epub-chatgpt-library-file-3/outputs/assets/00003.jpeg)

何かとして見ることと、方向づけの転換

突然、新たな仕方で見ることの例を見てみよう。単純な例を使えば、知覚する生きられた活動と、必要な方向づけの転換を、より容易に捉えられる。準備をしてほしい。これから、知覚をその働きの最中に捉えることになる。無秩序に見える線の集まりから、ある形が現れてくる、その活動へ注意を向け直してほしい。ボルトフトのこの図を見たとき、何が見えるだろうか。[4] 最初は、おそらく、意味のないインクの染みの集まりが入った円しか見えないだろう。しかし今度は、キリンを探し、それが生まれてくるのを見てほしい。染みから、突然キリンが現れるのが見えただろうか。図に線が加えられたわけではなく、何も変わっていない。変わったのは、あなたが、キリンについての適切な概念を得たことである。概念を与えられると、キリンを見ることができた。それを呼び出し、不確定だったものを確定的にすることができたのである。しかし、あなたが見ることに先立って、キリンがそこにあったわけではないことに、注意してほしい。これらすべてから認められるのは、知覚には認知的な次元があり、知覚するものは何であれ、常に「何かとして」知覚されるということである。これを椅子として、それを鳥として、それを牛の群れとして、あるいはそれを、自分のラインを見いだすこととして見る、といった具合である。

デカルト哲学が求める仕方で、見物人として自然に向き合い続ける限り、このような、認知が浸透した、参与的な知覚に必要な、自然と人間の本性の親密な絡み合いは、私たちには見えないままである。当然ながら、私たちは再び、生きられた知覚を捉えることのできない、デカルト的な主観と客観の区別に行き当たる。これらの考察はまた、何かを何かとして知覚することが、すでに意味を知覚することと同じであることも示す。この結論は重要である。それはまた、現象学の最も重要な概念の一つ、志向性に、私たちを直接向き合わせるからである。

志向性

「志向性についての問いは、根底では、意味についての問いである。志向的な行為を語ることは、意味ある内容へ向かって手を伸ばし、あるいは手探りする行為を語ることである」。[5] 志向性と、その方向を持つ性質の発見によって、フッサールは、単純な主観と客観の区別を、私たちに現れるものを制約し、可能にする、経験の不変の根本条件へと変容させ、組み替えることができた。その結果、私たちが世界を理解する仕方に対する、デカルト的な形而上学の締めつけを、解き始めることができた。

自分が持ちうる、どのような経験でも考えてみれば、常に、相関する二つの極があることに気づくだろう。経験されるものと、それが経験される仕方である。また、経験されるものには、常に図と背景があることにも、注意してほしい。志向性はしばしば、経験は常に何かの経験であるという見解として説明される。この特徴づけは、十分に適切ではない。それは、この二つの極が、常に相関し、したがって互いを含意する仕方を、十分に捉えていないからである。経験することは、すべて経験されるものに向けられており、経験されるものは、すべて経験するある様態を反映し、それを指し返す。言い換えれば、経験、たとえば知覚する行為があるときには、必ず、経験されるもの、たとえば知覚されるものもある。経験されるものがあるところには、それを経験する様態がある。両者は相関項なので、互いを含意する。後から登場する主観と客観とは異なり、別々でも、独立してもいない。その関係は、一方なしに他方は起こらず、他方を含めずには、一方を理解することも探究することもできない、相関的な統一である。この相関的な統一は、主観と客観への分離に先立つ条件である。フッサールは、この二つの相関項を「ノエシス」、すなわち現れる仕方と、「ノエマ」、すなわち現れるものと呼ぶ。

認知的に世界に関わるとき、私たちは、生きられた経験の流れから抜け出し、見られるものから離れ、その上に立つ、見物人、あるいは観察者となる。見る者であるあなたが主観であり、見られるものが客観である。知覚の対象と、それを知覚する主観は、主観がその対象を木として見るのと同時に、ともに生じる。主観と客観は、ノエシスとノエマに基づき、そこから現れる。この分析の水準では、主観と客観の区別に問題はない。

問題が生じるのは、反省の水準で現れるものを、反省以前の水準から現れてくる過程と、誤って取り違えるときである。見られるものと、見られるようになる活動を混同することは、デカルト的な世界観と、知覚の因果的理論の核心にある。デカルトの枠組みでは、見る者と見られるものは、偶然的な関係にある、現実の二つの、別々で独立した側面とみなされる。主観と客観のこの偶然的な関係を、生きられた経験に誤って投影すれば、ノエシスとノエマの、必然的な不可分性を見失う。

注意を向け、知覚をその働きの最中に捉えようとすれば、ノエシスとノエマには区別はあるが、分離はないことに気づくだろう。分離が現れるのは、見られるようになる活動ではなく、見られるものに焦点を当てるときだけである。

志向性は、世界へ向けられると同時に、世界によって誘われる。したがって、志向性はまた、意味ある内容の出現を探る、方向を持った構造でもあることがわかる。デカルトの描像とは反対に、志向性の発見は、意識が本質的に世界へ開かれていることを明らかにする。したがって、「……意識は、自己の内に閉じているどころか、その本性そのものが、世界をすでに内に含んでいるようなものなのである」。[6]

現象学を定義する

現象学は、不適切な概念的枠組みを押しつけず、抽象に変えてしまう前に、自らを示すものを、それが自らを示すままに記述する、技、哲学、科学として定義できる。現象学の理解を深めるために、現象という言葉が、自らを示すもの、あるいは現れるものを意味することを認めよう。したがって、ハイデガーによれば、現象学を行うとは、「自らを示すものを、それが自らから示す、そのとおりに、自らから見られるようにする」ことである。[7] ボルトフトもまた、現象とは、自らを示すものの示されること、あるいは現れるものの現れることを意味すると指摘する。このように、現象という言葉を検討すると、現れることの重要な二つの側面が明らかになる。現れるものと、現れるものの現れること、である。この点を別の仕方で述べれば、知覚は、何かが見えるようになる過程、すなわち現れることと、それが、ある対象として見えるようになる、その対象、すなわち現れるものの両方に関わる。通常、起きていることを振り返って考えるとき、私たちは、知覚の対象として現れるものだけに注意を向けがちであり、それが現れてくる過程を、完全に見落とす。

見ているものに、反省以前に参与する訓練をしていないため、何かが何かとして現れてくるとき、その現れる活動を通り過ぎてしまう。何かが何かとして現れてくる、その活動を、完全に見逃すのである。世界のものに対する反省的な立場に安住しているため、現れる活動の結果だけを見る傾向がある。新しいものを初めて見る場合には、その生まれてくることに、より容易に参与できる。しかし通常は、知覚の対象だけに焦点を当て、現れることそのものの、生きられた経験を、指の間からすり抜けさせてしまう。やがて、その存在に慣れるにつれて、それは大量の壁紙のように、背景へ退いていく。

現象学におけるロゴスは、存在、すなわち自らを示すものが、自らを明らかにする場を意味する。ボルトフトに従えば、ロゴスとは、自らを示すものの示されることが、明らかになる場だと言うほうが、より正確だろう。あるいは、ロゴスとは、現れるものの現れることが、明らかになる場である。

この時点で、重要な問いを問う必要がある。「自らを示すものについての経験を、自分の偏りによって汚すことなく、それが本当に自らを示すとおりに経験することは、可能なのだろうか?」ハイデガーは、「ロゴス」は「研究」「論理」「言葉」ではなく、「存在が自らを明らかにする場」を意味すると考える。現象学の歴史を少し単純化すると、ハイデガーは、初期のフッサールとは異なり、どのような現象も、神のような視点から見渡すことは決してできないと主張した。自らを示すものの経験は、常に、その固有の文脈の中で起こるため、どのようなものについても、純粋で文脈を持たない記述を与えることはできない。解釈することしかできない。文脈なしに現象を記述しようとすることは、それが自らを示すままに経験することではない。現象学の鍛錬の一部は、私たちが常にその中にいる、文脈づけられた場に埋め込まれた、前提と偏りを明らかにすることにある。現象学を行うとは、存在するものが、文脈の中で自らを示すままに、反省以前にそれに任せ、そのうえで、反省によって適切に解釈することである。

現象学を実践する者は、存在するものの内へ、葛藤なく、反省以前に経験し、感じ入る能力を育てなければならない。そうすることで、葛藤のない空間、開かれた場を開き、その中で、世界のものと人々が明らかになる。この見る仕方が、検討する現象によって形づくられるに任せることで、現象学の反省的な解釈は、理解されるものに参与する理解に基づくようになる。現象学は、事象そのものと、自らの経験に忠実であり続けるよう、私たちを招く。その招きを受け入れ、現象学が、知覚についての理解をどう進めるか、特に、見る仕方についての理解をどう照らし、深められるかを見てみよう。

全体性を見ることと、方向づけの転換

上級アドバンスト・ロルフィング指導者、ヤン・サルタンによる、内旋型と外旋型の分類の見事な発見は、全体性を見ることの優れた例である。それは、新たな見方を生み出す、方向づけの転換を明瞭に示している。ある日、頭蓋仙骨リズムについて考えていたとき、彼は、身体が外旋と内旋へ動く、その仕方に強く惹きつけられた。そして、はっと気づいた。実際には二つの身体の類型があり、それに照らせば、これらすべての構造的な違いが、より大きな統一された全体の表現として、どうともに属するかを理解できるのだ、と。サルタンがこの区別を見る以前には、私たちが見ているものの、隠れた力学を理解している人はいなかった。全体は、基本的に私たちには見えなかった。内旋した大腿骨、平らな腰部、高い足のアーチなどについては知っていたが、それらのパターンがどう合わさり、身体全体のパターンを形づくるかを見た人はいなかった。たとえば、平らな腰部が、外旋した大腿骨と組み合わさることを、誰も見ていなかった。代わりに、これらの奇妙な構造的特徴をすべて、断片的に見ていた。人間の身体が、二つの一貫したパターンで表現されうることを見た人はいなかった。異なる構造的特徴のすべてが、統一された関係的な全体として、ともに属することを見た人はいなかった。誰も、全体性を見ていなかった。頭蓋仙骨リズムについての知識は、かなり前からあったが、サルタンがそこに見たものを、誰も見ていなかった。二つの身体類型を見るには、ロルファーが必要だったのだろうと、私は推測する。なぜか。ロルファーは、捻転した仙骨に焦点を当てている場合でさえ、常に身体全体を見ることに取り組んでいるからである。

いったん区別がなされると、誰もがそれを見ることができた。しかし、そのような発見すべてと同じように、あまりに明白に思えた。しかし、サルタンの発見以前には、この分類は、実際に私たちには見えなかった。この区別をすることによって、サルタンは初めて、その違いを見えるものにした。すでに知られている対象に、ラベルを貼ったのではない。発見の過程によって、初めて、この分類を生み出したのである。彼が成し遂げたことを、主観と客観の水準で見れば、二つの類型は、ただそこにあって、見られるのを待っていたのだと考えるだろう。しかし実際には、この区別をすることによって、そもそも私たちが見られるように、それらを生み出したのである。類型が「あちらに」あり、発見される準備ができていたと考えることは、この区別が、すでになされていたことを前提とする。

サルタンの分類は、キリンが生まれてきたのと同じ仕方で生まれてきた。概念を得て、二つの類型を見たその瞬間に、それらは初めて際立った。初めて存在するようになったのである。意味を持つようになったとも言える。存在するようになること、あるいは意味を持つようになることは、あらかじめ与えられた物が「あちらに」あり、ただラベルを貼られるのを待っているということも、現れてくるものを、私たちが主観的に作るということも、意味しない。

生まれてくることは、主観的でも客観的でもない。私たちは、主観的な現実を作るのでも、客観的な現実を発見するのでもない。むしろ、「世界が、私の内に何かを『呼び起こし』、それが今度は、世界の中に何かを『呼び起こす』」のである。[8] これは部分的には、物が自らを現す力によって、私たちが導かれることを意味する。私たちは、何かを際立たせ、不確定だったものを確定的にする。一言で言えば、それをそこに現れさせる。この呼び起こしによって、私たちは今、身体を二つの種類として、同時に関連し、異なるものとして見る。全体性に即して語るなら、両者は関連していると言える。区別されるものは、何かから区別されなければならず、その何かは、区別されるものと関係していなければならないからである。分析的に語るなら、区別できるために、両者は異なるのである。

混乱の可能性を避けるため、現象学的なアプローチと科学的なアプローチの違いを、思い出しておくとよいかもしれない。たとえば、身体は部品の集合である、液晶構造である、動きの体系であると主張することは、いずれも身体を客体化する仕方である。明らかに、ほかよりも正確で、有用な客体化もある。しかし、究極的には、「私は在るという自己」を含む、身体の生きられた現実が、これらの異なる見方すべての源である。どのような客体化も、刻々に私たちがある、そのすべてを捉えることはできない。しかし、数学を使って身体を客体化し、説明することは、理解を得る強力な方法である。

それに対して、自らの身体的自己を、私たちがどう生き、経験するかという現実を記述することは、現象学の行うことの一部である。現象学が提供するのは、身体についての別の説明ではなく、説明に代わる別の営みであることを、心に留めておくことが重要である。現象学の記述は、専門的な意味での説明としてではなく、生きられた身体性を理解する方法として提示される。現象学が身体を説明しようとするなら、その境界を越えている。同様に、科学も、ほかのアプローチはすべて単に主観的であり、測定可能な科学の対象だけが実在すると主張するとき、その境界を越えている。私たちはこの誤りに、ガリレオの思考の中で出会った。彼は、科学が求める、方法としての数学の使用が、測定可能なものだけが実在するという主張を正当化すると考えた。このような主張を行うとき、科学は科学であることをやめ、不適切な形而上学へと変わる。科学的な説明が、測定を伴う、ある特定の種類の客体化と理解であることを認める限り、混乱はない。科学が、何が実在し、何が単に主観的であるかを、私たちに告げようとするときだけ、科学であることをやめ、科学主義、あるいは不適切な形而上学になる。

次章では、これらの概念を実際に使い、何が見えるかを見てみよう。

[1] 現象学と、ゲーテの質の科学についての、ボルトフトの二冊の著書を参照。『現れを真剣に受け止める――ゲーテとヨーロッパ思想における、動的な見方』(エディンバラ:フローリス・ブックス、2012年)、『自然の全体性――自然への意識的な参与の科学へ向かう、ゲーテの道』(ニューヨーク:リンディスファーナ・プレス、1996年)。

[2] アンリ・ボルトフト、『現れを真剣に受け止める――ゲーテとヨーロッパ思想における、動的な見方』(エディンバラ:フローリス・ブックス、2012年)、46頁。

[3] アンリ・ボルトフト、『自然の全体性――自然への意識的な参与の科学へ向かう、ゲーテの道』(ニューヨーク:リンディスファーナ・プレス、1996年)、281頁。

[4] 同書、50頁。

[5] カルヴィン・O・シュラグ、『実存と存在』(エヴァンストン:ノースウェスタン大学出版局、1969年)、82頁。

[6] マルティン・ハイデガー、『存在と時間』、ジョーン・スタンボー訳(ニューヨーク:ニューヨーク州立大学出版局、1996年)、30頁。

[7] ボルトフト、『現れを真剣に受け止める』、49頁。

[8] 同書、25頁。

02 / APPROACH

記事2第7章 正常性の美

第7章 正常性の美

芸術作品の中に美を見る能力と、クライアントの中に統合が現れるのを見る能力は、似た条件に依存している。芸術作品を味わっている場合も、クライアントに現れる統合を味わっている場合も、それぞれ独自の仕方で、深く感じられる秩序と、自分が属しているという感覚を伴う。この見る仕方を理解するため、知覚についてロルフ自身が語ったことに耳を傾けよう。知覚は視覚に限られないことに注意してほしい。彼女が時に、施術するときの存在のあり方を変えるよう勧めていることにも注目してほしい。方向づけを切り替えることは、見る方法を学ぶ第1段階である。

「そして、正常な構造を見ると、突然こう言います。『ああ、そうだ、もちろん、これが正常な構造だとわかる』。不思議なことに、私たちは皆、正常なものを直観的に理解しています。正常なものを見ると、『なんて美しいのだろう』『あの人の動きはなんて美しいのだろう』などと言います。誰も、その美を定義するよう求めません。誰もがそれを認めるのです。それは正常性についての直観的な理解です」。[1] この洞察によって、重力の中で身体を統合するという目標が、抽象になる前に、どのように見えるかに、私たちは到達した。美とは正常性の直観的な理解であるという主張は、構造的統合や機能の効率性といった秩序の指標が、抽象になる以前にどう経験されていたかを示す。正常性の美は、狭く捉えられた主観性と客観性のカテゴリーでは捉えられないが、石とまったく同じくらい、現実の一部である。さらに、全体性を重視するセッションが終わったことを、明瞭かつ確実に示すものがあるとすれば、美の出現は、確かに、その中でもより深い意味を持つものの一つである。

美的なものの反対は、麻酔されたものである

全体性を重視する評価には、主観的でも客観的でもない、この種の美的な質と判断が、豊富に含まれている。それらは、理解不能な厄介者どころか、なくてはならないものである。さらにいくつか例を挙げよう。地に足がついていること、コアの持ち上がりを見ること、空間的な塊の均衡を感じ取ること、組織の中に水平や垂直といった秩序の線を見ること、組織の中の螺旋、波、渦、ストレイン、引っ張りを感じ取ること、自分のラインを見いだすこと(重力の線が表そうとするものの経験)、環境と相容れないこと、組織の中に均一な輝きを見ることなどである。これらの現象は、主観的でも客観的でもないが、それを見る訓練を受けた人なら誰でも知覚できるよう、十分にそこにある、現実の側面の優れた例である。

ロルフの考え方における、秩序の重要な指標の一つが、水平性という概念である。彼女は、骨盤の位置と、組織の中に現れる、知覚可能な水平性の「輝き」の両方を指していた。それは美ほど一般的ではないが、均衡の理解にとって、それに劣らず重要である。その出現は、身体全体に影響する。第9章では、ロルフがなぜ、重力の垂直線だけでは統合の指標として不十分だと考えたか、そして、その構想を捉えるために、なぜ水平を含む直交する均衡を加える必要があったかを発見する。

水平性と、その構造への影響を測定する方法を考え出せば、水平性についての理解を広げることができるだろう。それについての主観的な報告を集めて整理すれば、心理生物学的評価の類型についての理解を深めることもできるだろう。私たちの基本的な概念の大半に、同じ方法で取り組んでも、よい効果が得られるだろう。しかし、水平性の生きられた経験は、そのような概念すべてと同じように、それを科学的探究の対象に変えようとする、あらゆる試みに先立つ基盤である。水平性の生きられた経験は、水平性についての、どのような測定にも還元できない。水平性の個々の測定は、その一つの視点にすぎず、生きられた現実ではないからである。

水平性の重要性についてのロルフの語り方から、彼女が関心を持つのは、測定可能性だけではないことがわかる。彼女はまた、それを、美と全体性が明らかになる一つのあり方としても重視している。少なくとも、それは、全体性の美的な評価であると同時に、美を見ることの重要な側面でもある。彼女は言う。「見続けなければなりません。そして見ていると、突然、水平が見えます。見続けなければなりません。目にするすべての身体を評価しなければなりません。その人が立ち上がって歩くと、骨盤は違って見えますか? そして突然、その違いを分析して、こう言うでしょう。『ああ、そうだ、これがロルフの水平なのだ』」。[2]

現象が「突然」見えるというこの経験は、新たな仕方で見るために必要な、方向づけの転換に特徴的なものである。この転換は、見る方法を学ぶ第1段階の重要な部分である。キリンの例を思い出してほしい。初めて見たときは、インクの染みと、くねくねした線の集まりに見えた。しかし、キリンを探すよう言われると、突然、そこに現れた。「キリン」という概念を持つことで、その線をキリンとして見ることができた。私たちが検討してきた例は、はるかに複雑で、見るまでに長い時間がかかるが、現象が何かとして突然現れることは、すべてに共通する。「わかった」とき、認知と感覚が統合され、現象を何かとして見る。たとえば、水平性として、あるいはキリンとして。

キリンが突然現れたとき、それはあなたにとって見えないものではなくなり、存在するようになった。初めて際立ったのである。その線が、意味を持つようになったとも言える。存在するようになるもの、あるいは意味を持つようになるものは、ただ「あちらに」あり、見られるのを待っている、あらかじめ与えられた物ではない。存在するようになるのは、「何かとして現れること」である。何かとして、たとえばキリン、水平性、内旋型、外旋型として現れることによって、それは意味あるものとして現れる。すでに見たように、存在するようになることは、主観的でも客観的でもない。物が自らを現す力に導かれて、私たちは、不確定だったものを確定的にする。それを、そこに現れさせるのである。

世界を現れさせることは、キリンを見ることより、はるかに複雑である。しかし原理的には、私たちは同じ仕方で、世界をそこに現れさせる。同様に、水平性や、自分のラインを見いだすことといった、基本的な評価の概念、秩序の指標も、そこに現れさせる。一定の期間、全体性に関わるあらゆるものに十分に浸り、多数の、全体性を重視する徒手療法のセッションを観察し、評価の類型を通して知覚することを学び、秩序の指標を認識することによって、私たちは見ることを学ぶ。そして突然、概念と感覚経験を統合し、ついに見えるようになる。

こうした場合に私たちが見ることと呼ぶものは、知覚の対象から離れ、脇に立つ、デカルト的な見物人の理解を超えている。全体性を見ることは、見る者が、見るという行為そのものに参与し、それによって全体性と正常性の美を現れさせることを求める。上で示唆したように、この種の生きられた知覚は、美的鑑賞に最も近い。正常性の美に目覚めることなのである。

正常性の美を知覚することを、どう学ぶのかという問いに、ロルフは、見て、感じなさいと答える。しかし、この答えは、ロルファーのように見なさいということの、別の言い方にすぎない。それこそが、初心者の学生が理解しようとしていることである。彼女の助言が役立つのは、すでに見える人か、見え始める寸前にいる人だけである。「ロルファーには、言葉によるフィードバックは必要ありません。より多く観察するにつれて、あらゆるものが語りかけてきます……私にとって、彼[クライアント]は、別のものではありません。ロルフィングをしているとき、少なくとも施術している間、彼と私は一つになります。見て、感じなさい。一人の人が入って来て、あなたに語りかける、さまざまなものを示します。フィードバックは必要ありません。そこにあるものを見る必要があるのです」。[3] やがて、それを直観的に理解するようになる。すると、ただ見えるようになる。それだけでなく、それを身体で生きるようにもなる。美、水平性、ほかの同様の秩序の概念を見ることを学ぶには、静かに観想する実践と、クライアントと一つになる能力が必要であることに注意してほしい。「はい」と初心者の学生は言う。「でも、この助言を受け入れられるような見方へ、どうやって転換すればよいのでしょうか?」ロルフが、少なくともセッションの間、クライアントと施術者は一つになると述べていることに注目してほしい。クライアントと一つになることは、私たちが「方向づけ、あるいは志向性を切り替えること」と呼ぶものの、重要な側面である。

機能障害を伴う構造を変えたいなら、ロルフは言う。「心の目で正常だと認められる位置へ、その構造自身が移るよう、求めなさい。(これが、ロルファーが、これほど多く座って耳を傾けなければならない理由です。何が正常なのかを見いだすためです。)それが見えれば、身体をそこへ近づけ始めることができます」。[4] 自らを示すままの人間の身体を観想することに、時間を費やさなければならない。正常を知るようになるには、セッションを一つ、また一つ、さらにまた一つと静かに観察し、全体性の現象に十分に浸らなければならない。ついに、秩序、あるいはその欠如が見えるようになるまで。

評価の非常に多くが美的な種類のものであるとはいえ、全体性を重視する施術者は、さまざまな客観的評価にも依存する。私たちは、客観的評価が持つ、身体を柔らかな機械とみなす傾向に陥らないように、それらの評価を行おうとする。質的な評価は、全体性と関係を扱う傾向がある。客観的評価は、全体性を通り過ぎて、症状を見つけ、測定可能な評価を行うことを優先しがちである。客観的評価は、どのような療法にも重要である。しかし、身体を部品の集合と捉えることに基づくことが多いため、全体性を持つ過程に特徴的な、相互依存的な関係に、調子を合わせていない傾向がある。その結果、時には、全体が機能障害と徒手療法の両方にどう応答するかを見逃す。全体性とその測定をめぐる問題の、明らかな例外が、ジョン・コッティンガムの見事な、全体性を重視する研究である。それは、迷走神経トーヌスのモニターを用いて、統合を測定する。[5][6][7][8]

全体性を重視する徒手療法の実践は、次のことを求める。「身体全体の均衡がとれていなければなりません。たとえば、胸郭を通して上方まで均衡を得るまでは、仙骨に動きを得ることはできません。このことを理解すると、全体がどう統合するかについて、まったく違った像が得られます」。[9] 身体は明らかに、あらかじめ存在する部品を寄せ集めた機械ではない。ある水準では、身体は、重力という関係を自らのものとする、関係の関係である。したがって、ロルフは言う。「私が扱っている身体の問題には、一つだけの原因というものは、決してありません。身体の中で働くのではなく、それ自体が身体である、循環的な過程を、あなたたちにもっと実感してほしいのです。身体の過程は直線的ではなく、循環的です。常に、循環的なのです。一つのことがおかしくなると、その影響は、どこまでも、どこまでも続きます。身体は、すべてをほかのすべてにつなぐ網なのです」。[10] 身体の循環的な全体性は、客観性か主観性だけの、狭い枠内では、容易に捉えられない。しかし、美的なものに調子を合わせた目によって、経験することができる。

これらの言葉は、もっともではあるが、残念ながら、同じ切実な問いを再び浮かび上がらせるだけでもある。私たちは、どう美を経験するのか。どうそれに目覚めるのか。どう美的なものに調子を合わせるのか。「見て、感じなさい」という助言は、どう見る助けになるのか。明らかに、美は測定できるものではない。その存在の仕方も、さほど明白ではない。主観的と呼ぶことも、的を外している。主観的でも客観的でもないのに、観想すると、これほど強く、そこにあると感じられるものは、どのような現前なのだろうか。この種の生きられた経験が呼び起こしうる、知識と感覚の豊かさと深さを理解し、その価値を認め、自分の経験が、単に主観的な空想なのではないと知ることが重要である。

花の美について語っている場合も、芸術作品や、ロルフィングを受けた身体の美について語っている場合も、あらゆる形の美は、客観化に先立つ、測定不可能な現前である。それは、そのもの自身から生まれる、確定的な特徴を伴って現れ、その特徴が、あなたを、それを見ることへ招き、それを可能にする。美が、それを見ることを可能にしてくれると知りながら、それが自らをあなたに知らせるまで、何かとして見えるまで、見続けなければならない。すなわち、その状況を静かに観想し、感じ続けなければならない。ロルフの美についての美的評価は、現象学とゲーテのアプローチに見いだされるのと同じ種類の、実践によって鍛えられた見ることの結果である。それは、正常性の美を知覚する、動的な見方である。したがって、ある程度の根拠をもって、ロルファーの目、現象学者の目、芸術家の目は、同じ目であると言える。

練習:そこに現れさせる

ある時、知覚を訓練するための手順が必要なのだと、ようやくはっきりわかった。段階を追った手順さえあれば、十分に浸る方法にそれを加え、ロルファーの見方を教え、練習する方法を、ついに得られるだろう。実は、2世紀余り前に、ゲーテは、まさに私たちが探していたものを発見していた。知覚を訓練するための、段階を追った手順である。

花から始めよう。まず、ゲーテの手順を最も基本的な骨組みにまで絞り込み、進むにつれて細部を補いながら、彼の方法を自らのものとし始めよう。ゲーテは、彼が能動的に見ることと、精密な感覚的想像力、あるいは好みによって、精密な直観的知覚と呼ぶものに、取り組むよう勧める。能動的に見ることでは、感覚的に、感じながら、概念以前に開かれることを通して、花の感覚的な現前の細部を調べることに、注意を向ける。能動的に見ることは、感覚経験に注意を向けることで、言語的、分析的、知的な心をいったん停止させる。次に、精密な感覚的想像力では、今受け取り、知覚したものを心に描くことによって、想像力と生きられた身体の中に、花のための空間を作る。その後、その像を花と照らし合わせ、見逃したものを加え、修正する。能動的に見ることと、精密な感覚的想像力の間を行き来しながら、これを何度も繰り返す。ついに、花の全体性が現れ、私たちの内で生きるようになるまで。

私たちは、「現象から切り離された見物人ではなく、現象の中の参与者になる。現象との感覚的な出会いに戻ると、感覚が高められていることに気づき、現象の、より繊細な質を意識し始めるだろう。現象の内へ生き入る、この実践を続けるにつれて、現象が私たちの内で生き始めることに気づく。知的な心は、すでに完成しているものとしか接触させてくれないが、精密な感覚的想像力によって高められた感覚は、生きているものと接触させてくれる。そのため、現象が生まれてくる、その動的な過程を経験し始めるのである」。[11]

この種の高められた見ることと、日常的な知覚には、大きな違いがあると認識することが重要である。日常的な知覚と高められた知覚は、どちらも、何かとして見ることの形である。そのため、どちらにも認知が浸透している。決定的な違いは、現象が私たちの内に生き、私たちがその内に生きる、高められた知覚は、実践によって育てなければならないという点である。高められた見ることは、能動的に見ることと、精密な感覚的想像力の実践から生じる、参与的な知覚である。日常的な知覚は、このような意識的な育成を必要としない。

望むなら、まず植物で練習し、人に取り組むところまで、段階を追って進んでもよい。しかし、ここでは、人に取り組むことから始める。[12]

まず、練習の相手を見つける。できれば、全体性を重視する身体療法家がよい。実践できる練習を作るには、過程を単純化する必要がある。これから行うものを、ごく小さなミニセッションと考えてほしい。小さな規模でこの見方を学び、「わかった」と感じ、それが自然にできるようになるまで続ける、という考えである。自然にできるようになれば、それぞれの段階を考えなくても、この仕方で見られる。その結果、セッションはおのずと、より速く進むようになる。興味深いことに、より経験豊かな施術者は、ゲーテが勧めるものに非常によく似たことを、すでに行っていると考える可能性が高い。実際、おそらくそうしている。違いは、ゲーテの方法が、大半の施術者の方法より、はるかに明示的であることにある。似ていると感じる施術者がいるという事実は、これらの見方が同じであるという主張を、さらに裏づける。

しかし、先へ進む前に、よい結果を得るために絶対に不可欠な、重要な点を強調する必要がある。この点は、どれほど強く、どれほど何度述べても、述べすぎることはない。ほかの何かをする前に、最初にしなければならないのは、方向づけ、あるいは志向性を、分析的、言語的な心の抽象を通して世界を経験する見物人から、世界の生きられた知覚に参与する者へと切り替えることである。存在するものが自らを示すに任せる方向へ、切り替えなければならない。自分というものを手放し、同時に知覚の場を広げ、愛に満ちた空間が開くに任せることで、ただ妨げとならないようにする。クライアントをよい方向へ変えようと考えず、ただ広々とした空間が現れるに任せる。この開かれた場の明晰さと安全さによって、クライアントの存在は、言葉なしに、その問題をあなたに明らかにすることができる。この転換は、実際には一種の介入であり、それだけで変化を生み出すことができる。クライアントと一つになると述べるとき、ロルフがこの転換を認めていることを、思い出してほしい。

先に述べたように、見物人から参与者への、この方向づけの転換の重要性は、いくら強調しても足りない。それは、意識を切り替えるということの意味の一部であり、ボルトフトが次のように述べることも含んでいる。「概念として捉えられるものを捉える行為に取り組んでいる、その最中に、注意の焦点を、捉えられるものから、捉える行為へと移さなければならない」。[13]

それは、見ることに論理的に先立つ前提条件であり、したがって、見ることの鍵である。それを強調することで、私は、しばしば暗黙のうちに前提とされるだけのものを、明示的にしている。私たちの目的にとってあまりに重要なので、ゲーテから最初に取り出した2段階の過程に、これを加える。私たちのアプローチでは、これを3段階の過程の第1段階とし、見る過程の全体を通して、効力を保たなければならない唯一の段階とする。3段階は、1)志向性、あるいは方向づけを、見物人から参与者へ切り替える、2)能動的に見ることに取り組む、3)精密な感覚的想像力に取り組む、である。現象の全体が現れ始めるまで、能動的に見ることと、精密な感覚的想像力の間を行き来する。その間、終始、参与者であり続けていることを確かめる。

最も簡単に言えば、練習は次のようになる。身体も含め、自分全体を同僚へ完全に開き、感覚の助けを借りて、適切な場合にはそのすべてを使って、相手の感覚的な質を細部まで経験し、それに伴う気分を感じる。あるゲーテ研究者が言うように、[14] 見ているものによって、自分の見方が形づくられるに任せる。目を閉じ、見たものを心に描く。相手についての感覚経験の細部を、心の目の中で再び作り出し、身体の中で再び感じる。心に描く代わりに、見たものを絵に描いてもよい。相手が、身体的な心の現前へと現れる仕方を、自分自身の身体と心の働きで模倣してもよい。心に描いていたなら、目、感覚、感じる本性を開く。ほかのことをしていたなら、感覚へ戻り、同僚の感覚的な現前を、もう一度、細部まで味わう。再び目を閉じる。最初に見逃した細部を、心に描く像、絵、あるいは身体全体の身振りに加え、歪めたかもしれないものを修正する。再び、相手の感覚的な現前に向かって、目、感覚、感じる本性を開く。目を閉じ、再び心に描く。相手の全体性、あるいは機能障害を伴う全体的なパターンが現れるまで、能動的に見ることと、精密な感覚的想像力を実践し続ける。全体性への妨げが見えたら、それを処置しなければならないと考えない。ただ、そのままにしておく。処置したいと決めたら、たった一つか二つの働きかけで、それを変えるよう施術する。大きく、全体性に即して、見て、感じて、働きかける。

能動的に見ることと、精密な感覚的想像力の間を、繰り返し行き来する練習は、想像力を活性化しながら、相手の存在の経験へ、徐々に、より深く入っていくためのものである。まず方向づけを切り替え、知的、言語的な心ではなく、感覚を通して、即時的で直接的な情報を集める。注意を向け、第一印象と、それに伴う気分を意識的にする。理論化し、説明し、分類することへ急いで進むことで、方向づけの転換を失わないようにする。しばらく能動的に見ることと、精密な感覚的想像力に取り組むと、感覚経験と想像力が強まっていることに、気づき始めるだろう。

能動的に見ることは、物事を別々のものとして知覚するが、精密な感覚的想像力へ移ると、関係の領域に入り、同僚の存在のための空間を作り、それに参与する。同僚の存在を形づくる原理、あるいは自己組織化する性質を明らかにするために、その存在全体の、動的で関係的な性質を、自分の内へ取り入れているのである。やがて、その人が世界の中に存在する仕方を、その人を特徴づける、ある種の核となる身振りとして感じ始める。人によって、その核となる身振りは、非常に複雑であることも、非常に単純であることもある。友人が遠くにいて、顔が見えないときでも、その動き方や、ただ立っている仕方から、友人だとわかるのは、この身振りによる。その人を特徴づける核となる身振りは、友人の根本的な心理生物学的志向性の表現である。

存在全体のこの身振りが現れてくるのを観想すると、その人が誰であるかが、より明瞭になり、はっきり形をとる。この身振りによる方向づけは、友人がその人自身として存在する仕方である。それは身のこなしだけでなく、存在のすべての側面に現れる。単なる行為ではなく、意味が浸透した行為である。それに注意を向けることで、友人の自己組織化の原理、すなわち、その人がその人自身に従って、どう自分を形づくるかを、より明瞭に捉えられる。それを捉えるとき、言葉を通してではなく、生きられた知覚を通して捉える。絵を描くこと、自分の身体で模倣すること、音楽で表すことは、いずれも、同僚を形づくる身振りを描き出す、有用な方法である。この過程を続けるにつれて、同僚自身に最も固有な自己の感覚と、存在しようとする根本的な衝動を、知覚し始めるだろう。

この種の評価を行う能力は、何かとして見ることの複雑な形であり、それはさらに、方向づけを切り替える能力に依存している。キリンの概念によって、線と染みをキリンとして見られるようになったのと同じように、評価の分類体系によって、目を向けることを、見ることへと変容させられる。評価のカテゴリーが、より詳しくなるほど、クライアントの中に、より多くを見られるようになり、見る準備もできるようになる。いつもそうであるように、その結果として高められた知覚は、新たな介入の仕方を生み出す。

存在するものが自らを示すに任せ続けると、同僚のパターンの全体性と、全体に関連する歪みのパターンが、より明瞭に焦点を結ぶ。そして突然、それが統一された全体として生まれてくるのを、見て、心に描き、感じる。知覚を構成する統一された全体は、認知を、感覚と感じる本性に統合した結果である。同時に、あなたは、同僚の状態を感じるため、それと一つであり、その状況を見るため、それから分かれてもいる。同時に、同僚の歪みを自分の内に感じ、相手の身体の中に見る。知覚は、自分の内にある知覚と、「あちらに」いる相手についての知覚という、異なる二つの知覚を持つことではない。むしろ、一つに統合された、統一的な全体であり、そこでは、あなたは同僚から分かれていると同時に、一つである。諸側面を、見るだけでなく感じることもできると、クライアントの情動的、心理生物学的な方向づけを読み取る能力は、身体が示す視覚的なパターンから推論する場合より、はるかに正確になる。クライアントの構造的な問題と振る舞いを、悲しみや怒りを帯びたものとして知覚するとき、認知、感覚、感じる本性の統合を通して、見て感じている。視覚的なパターンから情動を推論するのとは異なり、クライアントが経験していることを、直接見ているのである。

今度は、同僚と役割を交代し、同じ3段階の過程を行う。この練習がうまくいけば、あなたの見ることは、見物人のものから、参与者のものへと変容する。この参与的な見ることの実践を続ければ、自らを示すものに、おそらく驚くだろう。見えるものの一部は、これまでずっと見てきたものだろう。しかし、やがて、可能だと思っていなかった、人全体の側面が見えるようになるだろう。

結論

音楽を個々の音符に分解しても、その統一と調和は見いだせないのと同じように、身体を部品からできた物と考えていては、その全体性を見いだせない。ロルフは言った。「見る目にとって、身体の表面の輪郭は、その下にある構造を描き出します。ストラクチュラル・インテグレーションの施術者にとっての課題は、空間的な塊を見ることと、その均衡を感じ取ることを学ぶものとなります」。[15] この引用を初めて読むと、「まあ、そうだ。どのロルファーも知っている」と思うかもしれない。しかし、この単純な言葉の中に、ロルフの理論と実践の全体があることに注目してほしい。この非常に示唆に富んだ「空間的な塊」という言葉で、彼女は何を意味していたのだろうか。ただ大まかに語っていたのか、それとも、もっと深いことを意味していたのか。均衡について考えることは、すでに重力と統合について考えることである。重力というものがなければ、空間的な塊の均衡について問うことは、意味をなさない。重力の中で均衡を見いだすことは、まさにロルフの教えの核心である。均衡を感じ取ることと、空間的な塊を見ることを学ぶとは、どういう意味かを考えると、私たちは再び、質的、美的な知覚について考えることへ導かれる。彼女は客観的評価に反対していたわけではないが――結局、科学者だったのだから――彼女が指し示していた、経験的で、反省以前の理解の水準は、客観的な測定だけでは捉えられない。この種の理解がもたらす知識の、生きられた現実を味わうには、秩序の指標を、すべての全体性を持つ現象を感じ取るのと同じように、美的に感じ取らなければならない。

この議論を終える前に、さらに展開する必要のあることを、いくつか述べておきたい。私が知覚への認知の浸透と呼ぶものを、ゲーテと、その思想を受け継ぐ人々は、想像力の働きと呼ぶ。感覚によって見ているとき、物事の間の分離を見る。しかし、突然、キリンや水平性が現れるのを見るとき、それは想像力の働きである。感覚は分離の世界を明らかにし、想像力は、関係とつながりの、全体性を持つ世界を明らかにする。感覚を通して与えられる、別々の対象は描けるが、全体性の関係とつながりは描けない。全体性を持つ現象を描くことはできなくても、想像力、あるいは認知の力を通して、それを見ることはできる。ロルフやゲーテの、高められた仕方で見ることは、感覚と想像力、すなわち認知が統合されるまで、育てなければならない。統合が達成されると、高められた知覚の一つの単純な行為の中で、分離と、全体性の関係とつながりを、同時に経験する。精密な感覚的想像力の実践を通して、感覚も高められる。その結果、高められた感覚によって、現象の生きた現前に参与し、それが生まれてくることを経験できるようになる。

ゲーテのアプローチには、ここで描いた以上のものがある。完全に説明するには、彼による原現象の発見を、長く詳しく述べる必要があるだろう。[16]

ゲーテが知覚の中に、感覚と想像力という二つの要因の働きを見るところに、私は三つ目を見る。私はそれを、感じる本性と呼ぶ。認知、すなわち想像力と、感覚の統合をはるかに超えて、感じる本性も統合できるところまで、この知覚の道を進み続けることを勧める。この道を十分長く進めば、本当に驚くべきことを発見するだろう。感じる本性を、認知、すなわち想像力と、感覚に統合すると、知覚の活力と鋭さが高められ、全体的な技能の水準は、もちろん知覚の技能も含め、突然、より高く、より効果的になる。それだけではない。そのまま続けていけば、感じる本性は、固着と葛藤から解放され続け、自らの自由に目覚め続けるだろう。[17]

ここで試みたものは、進行中の仕事である。決して最終的な言葉ではない。この小さな練習を実践し、どこへ導くかを見てほしい。境界を明確に保ち、心を開き、知覚を無垢に保ち、練習し、練習し、練習し、練習してほしい。

[1] アイダ・P・ロルフ、『アイダ・ロルフ、ロルフィングと物理的現実を語る』(ニューヨーク:ハーパー&ロウ、1978年)、186頁。

[2] 同書、180頁。

[3] 同書、96頁。

[4] 同書、201頁。

[5] ジョン・コッティンガム、S・W・ポージェス、K・リッチモンド、「ロルフィングによる軟部組織への徒手的な働きかけがもたらす、骨盤傾斜角と副交感神経トーヌスの変化」、『理学療法』第68巻第9号(1988年)、1364–1370頁。

[6] ジョン・コッティンガム、S・W・ポージェス、T・ライオン、「二つの年齢群における、副交感神経トーヌスに対する軟部組織モビライゼーション(ロルフィング・ペルヴィック・レフト)の効果」、『理学療法』第68巻第3号(1988年)、352–356頁。

[7] ジョン・コッティンガム、ジェフリー・メイトランド、「慢性腰痛患者に対し、軟部組織モビライゼーションと、誘導による動作・気づきの技法を用いた、3つのパラダイムからなる治療モデル――事例研究」、『整形外科・スポーツ理学療法誌』第26巻第3号(1997年)、155–167頁。

[8] ジョン・コッティンガム、ジェフリー・メイトランド、「筋萎縮性側索硬化症患者の治療のために、徒手療法と動作療法を哲学的カウンセリングと統合する――全体性を重視する介入の原理を探究する事例研究」、『健康と医療における代替療法』第6巻第2号(2000年)、128、120–127頁。

[9] 同書、189頁。

[10] 同書、69頁。

[11] アンリ・ボルトフト、『自然の全体性――自然への意識的な参与の科学へ向かう、ゲーテの道』(エディンバラ:リンディスファーナ・プレス、1996年)、55頁。

[12] 植物でゲーテの方法を実践した学生の、興味深い報告を示す。「さまざまなイラクサを観察し、そのもとへ行ったり戻ったりすることに時間を費やした後、やがて、戻るたびに、古い友人に会うような感じがするようになりました。ある日、たくさんのイラクサが生えている一画で、ある一本のそばに腰を下ろすと、とても強い『星』のような質を感じました。説明するのは非常に難しいのですが、巨大に広がり、輝く感覚のようでした。強烈なエネルギーが拡大する力のような。私はそれを、植物の全体性の身振りとして直観しました。その全体性は、その後、植物の部分にも認められるものでした。小さな注射器のような『刺す』毛に触れたときに感じる、『刺す』力。巨大なエネルギーで植物から噴き出すように見える、何千もの細い毛の形と表情。目的を持って動的に外へ広がるように感じられる、葉の縁の棘のパターン。植物全体が、輝く星のように感じられました。参与することのできる、すばらしい経験でした」。この報告は、アンリ・ボルトフト、『現れを真剣に受け止める――ゲーテとヨーロッパ思想における、動的な見方』(エディンバラ:フローリス・ブックス、2012年)、175–176頁による。

[13] 同書、281頁。

[14] フレデリック・アムリン、「科学者の変容」、『ゲーテの科学の道』(ニューヨーク:ニューヨーク州立大学出版局、1998年)所収。

[15] アイダ・P・ロルフ、『ロルフィング――人間の構造の統合』(サンタモニカ:ハーパー&ロウ、1977年)、65頁。

[16] この説明は、次の二つの論文で始めている。「オルトトロピズムと形態的潜在力の解放」、『ロルフ・ラインズ』第29巻第1号(2001年)、15–24頁。「自らを存続させるパターン」、『ストラクチュラル・インテグレーション誌』第37巻第3号(2009年)、23–30頁。

[17] 感じる本性について、さらに詳しくは、拙著『心・身体・禅』(バークレー:ノース・アトランティック・ブックス、2010年)を参照。

03 / FIRST VISIT

記事3第8章 感覚する身体

第8章 感覚する身体

本章では、全体論についての理解と、それが徒手療法にどう関係するかについての理解を深める。また、形而上学的二元論の、ある側面を批判する。形而上学的二元論の核心にある中心的な考えは、共約不可能性の命題である。それは、心と身体が互いに排他的であると定める。形而上学的二元論は、身体と心の両方の本性を誤って特徴づけることで、この排他性の見解に至る。そのため、ここで提示する議論は、まず、身体が柔らかな機械であるという誤った見解を解きほぐすことから始める。

第1の議論は、「生物学的組織化からの論証」と呼ぶ。機械と人間の身体の組織化は、互いに根本的に異なるため、身体はいかなる種類の機械でもないことを示す。第2の議論は、「身体的な自己への折り返しからの論証」と呼ぶ。生き物が、感じている自分自身を感じる能力は、機械には永遠に認められない能力であることを示す。自然の、生きた、自己へと折り返す肉は、機械のハードウェアとは、まったく異なる秩序に属する。この肉と機械の特定の違いは、身体がいかなる種類の機械でもないことを示すだけでなく、共約不可能性の命題を退け、知覚、思考、感じる本性、感覚を、デカルト的な支配から、ついに解放するための、十分な理由も与える。本章の第3の議論は、「進化からの論証」と呼ぶ。二元論が定める仕方で、心と身体が互いに排他的であるような生物は、不可能な生物であることを示す。ここで論じる三つと並ぶ、もう一つの重要な議論もある。それは第6章ですでに論じた。デカルトの形而上学的二元論の自己破綻的な性質と、知覚の因果的な説明を、デカルトが現象学的な記述とどう混同するかを示すものである。最後に検討する議論は、心と身体が相互作用する可能性について言えば、心身問題は疑似問題であることを示唆する。

十分に理解されていない、機械と生きた身体の違いは、徒手療法を実践する、かなり大きく異なる二つの仕方を支えている。この点は、全体論の議論で取り上げる。ここで提示する議論は、全体論について論じることで強められるため、まず、全体論をある程度詳しく検討する。

より大きな全体には、足し合わせる部分がない

残念ながら、全体論は流行語となり、全体性を重視しない実践に、無思慮に適用されるのが常である。身体全体をマッサージすれば、全体性を重視する実践をしていると考える施術者もいる。また今日では、いくつかの矯正的な実践を一つの屋根の下に集めただけで、全体性を重視すると称するクリニックもよく見かける。しかし、全体論を理解する施術者がいなければ、第2のパラダイムの実践をいくら寄せ集めても、全体性を重視するクリニックにはならない。全体論という概念は、これほど頻繁に誤用され、乱用されるため、私たちが全体論と生物学的秩序によって何を意味するかを、明確にしなければならない。

全体論と生物学的秩序について考え始める方法として、メルロ=ポンティの類比を、もう一度考えよう。「シャボン玉においても、生物においても、各点で起こることは、ほかのすべての点で起こることによって決定される。しかし、これこそが秩序の定義である」。[1] この種の秩序は、全体性を持つどのような体系の核心と基盤にもある。したがって、全体性を重視する介入の根本原理は、シャボン玉の類比に反映されている。「すべての介入の原理が満たされなければ、どの原理も満たされない」。一つの点で起こることが、ほかのすべての点でも起こるため、身体全体の形と機能は、介入の効果を制限することも、高めることもできる。身体全体が適応できない変化を導入すれば、介入は失敗し、ほかの場所に困難を生み出すかもしれない。一方、全体を見る目を持つ施術者が注意深く選べば、わずかな介入でも、構造全体に、深く、広範な影響を及ぼしうる。

哲学と科学を含め、私たちの文化は、機械の存在論に呪縛されている。しかし、その呪縛を解くと、驚くほど明白なことを発見する。身体の組織され方は、最も複雑な機械の組織され方とも、まったく似ていない。機械論的な存在論は、有機的な秩序を機械的な秩序として理解するため、生きた身体の組織化をまったく理解できず、全体論の本性もまったく理解できない。その結果、しばしば、そして必然的に、不完全な療法の施し方を支えることになる。[2]

矯正を行う施術者は、身体を局所的な部品の集合とみなすため、全体性を重視するアプローチに不可欠なもの、すなわち、生きた全体を特徴づける、相互依存的な関係の結びつきを、通り過ぎる傾向がある。有機的な全体における「部分」と全体の関係は、機械のものとは、かなり異なる。ホログラムの記録板との類比を考えてみよう。[3] ホログラムの記録板を割れば、数のうえでは、いくつかの破片になる。しかし、驚くべきことに、それぞれの破片が、元の完全な像を示すことがわかるだろう。数のうえでは、多くの破片があるが、実際には、像は一つだけである。それに対して、機械を壊したり、写真を細かく破ったりすれば、壊れた部品や、破れた断片が残る。しかし、どこにも、元の全体的な現象に相当するものは見いだせない。

この点で、生きた全体は、ホログラムの記録板に似ている。全体は、そのそれぞれの側面に現前し、それぞれの側面は、全体に現前する。さらに、それぞれの側面は、全体に分布している。したがって、生きた全体については、全体の秩序と構成にとって、全体そのものより根本的なものはない。その結果、生物のそれぞれの側面は、ほかのすべての側面のために、そしてそれらによって存在し、それぞれの側面は、生物のほかのすべての側面の構成に加わっている。

矯正を行う施術者は、全体性を見る目で見ることも、全体性に即して考えることも、教えられていない。機械論的な方向づけを持つ科学で、長年訓練されるため、身体を部品からなる物、機能障害を孤立した症状として見ることに制限される。その結果、機能障害、あるいは私が秩序を妨げるものと呼ぶものの、関係的な性質が、ある程度見えなくなっている。機械論的な枠組みは、秩序を妨げるものがその変容にすぎない、より大きなパターンを探すことを、矯正を行う施術者に妨げる。また、秩序を妨げるものが関連する、機能障害を伴う依存関係と傾向の連鎖を捉えることも妨げ、同時に、一人ひとりの重力との固有の格闘との関係において、より大きなパターンが身体全体と本質的につながっている仕方を、見えなくする。

矯正を行う施術者が症状を処置する、断片的な仕方は、生きた全体の関係的な性質を考慮しない。そのため、身体の一つの領域への介入が、身体の多くの領域で同時に起こることによって、どう制限され、あるいは増強されるかを、十分に理解していない。したがって、矯正を行う施術者は、身体全体が、損傷や自分の介入に、どれほどよく、あるいは不十分に応答するかを見落としがちである。この見落としは、介入を施す適切な順序を判断する能力も損なう。

生きた全体と、それが損傷や介入にどう応答するかを知覚する能力を欠き、機械的な存在論に引き込まれた矯正の施術者は、療法の3つの問い、「最初に何をするのか、次に何をするのか、そして、いつ終えるのか」に答える、一貫性のある合理的な方法を持たない。たとえば、「最も悪いところを最初に処置する」という戦略に従っていた学生に、全知の徒手療法家が投げかけた問いを思い出してほしい。同程度に難しい症状をいくつも示すクライアントが来たら、どれを最初に処置するか、どう決めるのかと尋ねた。また、矯正を行う施術者の、クライアントの評価と治療計画は、身体全体の反応を欠いているため、不完全であることが多い。矯正的なアプローチの核心にある機械的な視点は、これらの問題を判断しようとする際には、役に立たない。なぜか。ごく簡単に言えば、身体は、有害な力にも、好ましい介入にも、機械と同じ仕方では応答しないからである。身体と機械は、異なる仕方で組織されている。

矯正を行う施術者とは対照的に、全体性を重視する施術者は、身体、心、精神を、一つの統一された全体として見る。その目標は、環境との関係において、人全体に、調和、均衡、形態的な統合性をもたらすことである。療法の目的は、単に症状を取り除くよりも、包括的である。この目的は、その人を重力と調和させることで、人全体を高めたいという、全体性を重視する施術者の望みに、容易に見いだせる。この目標は、私たちの生物としての存在に本来備わっている、高まり、発達し、成熟し、自分自身になろうとする、絶え間ない駆動力を弱める、秩序を妨げるものを、適切な順序で取り除くことによって達成される。この駆動力を、免疫学の父メチニコフは、オルトビオーシスと呼んだ。クライアントは、修理されたり、治されたりするのではない。むしろ、問題の居場所がもはやないような、一種の構造的な成熟を得る。秩序は、クライアントに押しつけられるのではない。明らかにされるのである。

症状[4]は、秩序を妨げるものとみなされる。それは、全体との均衡を失った、より大きなパターン、あるいは関係の変容として扱われる。たとえば腰痛のような、秩序を妨げるものは、統合を達成するという目標を妨げるため、矯正的にも、全体性に即しても扱われることがある。しかし大部分の場合、秩序を妨げるものとしての症状は、より大きな関係のパターンの変容とみなされる。

たとえば、螺旋状の電話コードに、よじれがあると想像してみよう。よじれはコードの変容なので、取り除きたいなら、よじれのところだけをいじるのではなく、コードをまっすぐにしなければならない。同様に、症状は、より大きなパターンの変容であり、症状を消すには、そのパターンを扱わなければならない。

全体性を重視する介入は、秩序を妨げるものを、環境を含む全体との、適切な関係へ戻すことを目指す。身体の全体性と、その関係の結びつきに働きかけることは、全体性を重視するアプローチに不可欠であり、持続する変化の基盤である。その施術の目標には、身体全体を重力と調和させることが含まれるため、身体の区分全体の位置を変えるのに必要な技法は、その範囲と適用において、矯正的な技法とはかなり異なる。矯正的な技法は、通常、身体の局所的で孤立した領域に限られるからである。思い出してほしい。全体性を重視する施術者は、通常の実践の中で、リラクセーションと矯正のアプローチの目標を達成できるが、リラクセーションと矯正のアプローチは、偶然の場合を除いて、全体性を重視するアプローチの目標を達成できない。

経験豊かなセラピストの実際の実践を見ると、多くが、一つのパラダイムだけで施術することに、自分を限定していないとわかる。十分な経験を積むと、多くの施術者は、全体性を見始める。その結果、孤立した症状だけでなく、より大きな関係とパターンに働きかける。経験が深まるにつれて、損傷と介入の全体的な影響を評価する知恵を育てる。その結果、方向づけは矯正を行う施術者のままであっても、時には、おのずと全体性を重視する仕方で施術していることに気づく。

全体論と有機的な秩序

明らかに、生き物は、孤立した物としての部品から組み立てられるのではない。生物は、生きた組織から生まれ、その生まれてくる過程には、組み合わされたり、組み立てられたりすることに、少しでも似たものはない。生物学的秩序は、自己組織化し、発達する。それは、あらかじめ形づくられた部品を使って、外から組み立てられる秩序ではない。たとえば、赤ん坊が子宮の中で組み立てられているとは言わない。子宮の中で発達していると言う。生物は発達する。機械は組み立てられ、本来備わる発達の可能性を持たない。機械的な秩序と発達する秩序は、これ以上ないほど異なっている。

厳密に言えば、身体は部分を持たない。少なくとも、機械が部品を持つのと同じ意味では持たない。身体は、独立して存在する部品からできていないため、組み立てられた構造とは、明らかに考えられない。身体は、身体から独立して存在する部品からできていないため、「全体は、その部分の総和より大きい」という表現は、少なくとも生きた生物については、意味をなさない。この点を、より正確に述べるなら、より大きな全体には、足し合わせる部分がない、となるだろう。

身体は、自らを感じ取り、統一され、継ぎ目がなく、発達し、自己組織化する全体であり、どの側面や細部も、全体そのもの以上に、全体の構成と組織化にとって根本的ではない。発達の可能性を持たない機械とは異なり、生物のどの細部も、臓器であれ、骨であれ、筋膜の構造であれ、形こそ異なるが、同じ、自らを形づくる全体性と、生物学的な同一性の、疑いようのない明瞭な表現である。生物のそれぞれの側面は、自己組織化する統一された全体性の表現である。それぞれの側面は、ほかのすべての側面のために、そしてそれらによって存在し、それぞれの側面は、生物のほかのすべての側面の構成に加わる。全体は、それぞれの側面に表現され、それぞれの側面は、全体に広がっている。身体のそれぞれの側面が、そのようなものであるのは、関係の中にあるからであり、独自の存在として離れているからではない。あなたは、あらかじめ形づくられ、並んで置かれた部品の寄せ集めではない。心理生物学的な本性のすべての側面は、自らを形づくり、統一され、発達する全体性の、比類のない現れである。

機械的な秩序と生物学的秩序の深い違いを理解するため、身体が、多くの水準で自分自身とやり取りする能力を考えてみよう。身体は、統一され、継ぎ目のない、自己組織化する全体であり、すべてが、多くの相互依存的な関係につながっている。そのため、情報のやり取りは、身体の内部環境の一側面であり、したがって、生物のすべての側面に内在する。部品間の情報のやり取りが、ほかの部品でつなぐことによって可能になる機械とは異なり、生きた全体のすべての側面の間のやり取りは、全体に本来備わっている。

ロルフは、構造は関係を含意すると言った。したがって、部分と呼びたくなるものは、ほかの多くの相互依存的な関係と関わる、関係として理解するほうがよい。したがって、身体は、実際には、すべての関係が関係し合う、一つの関係だと言える。広く行き渡っている身体の部分という概念は、自然には存在しない抽象である。有機的な秩序は、発達し、自己組織化し、相互につながり、関係的であり、したがって全体性を持つ。この相互につながった、関係的な全体を理解するため、身体を、非常に複雑な鏡の体系として想像してみよう。それぞれの鏡が、全体を映すほかの鏡を映しているのである。

したがって、全体性を重視する身体療法は、多くの相互依存的な関係に注意を払わなければならない。メルロ=ポンティのシャボン玉の類比が示すように、一つの場所で起こることは、すべての場所で起こることによって決定されるからである。生きた全体に特徴的な相互依存的な関係を考慮するには、さまざまな、秩序を妨げるものや、機能障害を伴う関係を、原理に基づいて、どの適切な順序で解放すべきかを判断する必要がある。

全体論の議論を離れる前に、生きた全体の関係的な性質について、最後に一つ、重要な点を述べたい。それは、生物学と量子力学の接点についての、メイワン・ホーの探究から得られる。身体の統一された全体性の経験と、適切だが、しばしばごくわずかな介入に対して、調和して働く、一貫した全体として、身体が知的に応答できる仕方を、簡潔に言い表すものである。彼女は、身体が、正中線を中心に組織された液晶の連続体であるだけでなく、レーザーのような振動を生み出す、コヒーレントなエネルギーの一形態でもあると示している。驚くべきことに、ホーは、生きた結晶の連続体を撮影する方法も見いだしている。[5][6]

彼女の指摘は重要である。コヒーレンスと全体性を、すべての水準が同じことをしている、均一性として考えないよう警告している。むしろ、生物学的な組織化を、巨大なジャズのスーパー・オーケストラとして想像するよう勧める。そこでは、新たなパートが絶えず、自発的に作られ、即興で演奏され、それぞれの演奏者は完全な表現の自由を享受しながら、誰もが、全体と完璧に歩調と音調を合わせている。生物学的な組織化では、個々の演奏者、すなわち個々の臓器、細胞、組織の種類、系が、それぞれの周波数を持ち、それらすべてが合わさって、統合された、統一的な全体である、調和した集団的な周波数を生み出す。これらの周波数が乱され、身体がそれらを同調させ、正常へ戻すことができなければ、秩序を妨げるもの、機能障害、病気が生じる。

身体的な自己への折り返し

身体的な自己への折り返しが何を意味するかを明確にすると、二つの有用な結果が得られる。一つは、身体は柔らかな機械であるという機械論的な見解への、有力な反論であり、もう一つは、共約不可能性の命題が誤りであると示す方法である。まず、身体的な自己への折り返しが、身体を柔らかな機械と捉えることへの反論を、どう与えるかを見てみよう。

科学と進化論では、人間を含む生物を、精妙に、階層的に組織されてはいるが、小さな機械を寄せ集めたものとして捉えることが、よくある。この疑われない前提を、しっかり据えたうえで、理論家は、生きているものと生きていないものを区別し始める。より重要な違いの一つは、生物の、信じがたいほど複雑な階層的組織化であり、それが、生きていない物質にはない力を生み出す。たとえば、自己組織化、境界を形成する能力、応答し、成長し、分化し、複製し、複雑な制御、情報伝達、フィードバックの系によって、定常的な均衡、すなわち恒常性を維持する能力、そして、そのほかにも多くの能力である。人工知能と人工生命の研究者は、すでに、これらの特徴の一部を機械でモデル化しており、上記を含む生命のすべての特徴は、機械的な説明を与えられるか、機械的な形で実現できるという確信を、ますます強めている。

しかし、生物には、機械的な現象としては、容易に概念化できない特徴が一つある。それは、身体的な自己への折り返しとも呼ぶ、自らを感じ取る能力である。すべての生物は、単細胞生物でさえ、何らかの知覚能力を持つ。その能力には、感じている自分自身を、生物が感じる能力も伴う。明らかに、単細胞生物には、反省的な自己の感覚はない。しかし、ある種の知覚的な感受性を持ち、自らの境界を作るとともに、反省によらない、匿名的で原初的な同一性を持つ。それによって、自分自身と、自分ではないものを区別できる。何が自分で、何が自分ではないかを知ることには、実践上の結果がある。ほかの生物を取り込み、同化するとき、アメーバは、自分自身と、消化しているものを区別できなければならない。そうでなければ、自分を消化してしまうかもしれない。グレゴリー・ベイトソンが指摘したように、[7] 生きていない物質は刺激に反応するが、生きたものは応答する。石を蹴れば、かなり予測可能な反応が得られる。しかし、人やゴリラを蹴れば、さまざまな、かなり困惑させる応答が返ってくる可能性が高い。

応答し、自己と他者を区別するこの能力は、実際には、それほど大したものではないと考える人もいるかもしれない。たとえば、サーモスタットを考えよう。それは、環境への応答を変えることのできる、原初的な種類の機械である。それで十分に納得できなければ、特定の環境に、かなり驚くべき仕方で応答する、高度な遠隔検知ロボットの存在を考えてみればよい。「応答する」機械を作るうえで、人工生命と人工知能の研究者がこれまで成し遂げたことを考えれば、私たちが容易に意識と認めるものを、ますます模倣し始める応答的な機械を作るのは、時間の問題だと結論づけたくなるかもしれない。これらの分野の進歩によって、多くの科学者と同じように、生命のすべての特徴は、最終的に機械的に説明され、実現されると信じるかもしれない。人間の心臓の機能を示す機械的な心臓を作れるなら、いつか機械的な心を作れると考えることも、十分以上に妥当に思われる。

これらの考察は、「応答する」という言葉を広げて、既存の機械の多くの機能の仕方にも適用できることを示唆する。それでも、意味を広げても、機械と生物が環境に応答し、知覚する仕方の、決定的な違いが、自らを感じ取ることにあるという事実は変わらない。サーモスタットは、感じている自分自身を感じない。世界に応答し、知覚するとき、生物は、これまでどの機械も成し遂げず、これからも決して成し遂げないことをする。環境を感じている自分自身を感じるのである。自らを感じ取ることは、生命に本来備わっている。それは、すべての生きたものの知覚の仕方の、根本的な特徴であり、この能力は、生きていない物質にも、最も高度な機械にも見いだされない。これまで、自らを感じ取ることを、機械的にモデル化しようと考えた研究者はいない。しかし、誰かが試そうと思いついたとしても、成功しないだろう。身体的な自己への折り返しは、機械に可能なものではない。それをプログラムすることはできず、ハードウェアも、まったく不適切である。

生き物は、小さなマクロやロボットから構成されているのではない。また、心や意識は、ダニエル・デネットが、ダーウィン的思考へのすばらしい哲学的探究の中で主張するような、「心を持たない機械的過程の連鎖の、単なる効果」ではない。[8][9] なぜか。生物学的組織化からの論証と、自らを感じ取ること、すなわち身体的な自己への折り返しからの論証は、機械と生物が、かなり異なる仕方で組織されることを明確に示す。小さな機械を、どのように機械的に秩序づけても、自らを感じ取る、より大きな機械は生まれない。自らを感じ取ることは、機械的な出来事ではないからである。自らを感じ取ることと知覚は、切り離せない活動であり、それらはさらに、生きたものの自己組織化の、切り離せない特徴である。

形而上学的二元論を覆すには、心と身体が、なぜ互いに排他的でないかを、なお示さなければならない。私たちの議論は有力ではあるが、形而上学的二元論の一方の側、すなわち柔らかな機械としての身体に、疑いを投げかけるだけである。理論を最終的に解消するには、十分な力を持たない。特に、心と身体がどう相互作用するかという問題は、まだ解いていない。せいぜい、身体が何ではないかを述べる権利を与えるだけである。身体が機械ではないと知るだけでは、身体と心が何なのかは、わからない。残念ながら、私たちはなお、共約不可能性の命題に苦しめられている。心と身体が互いに排他的ではないことを示し、したがって、その相互作用を理解する方法が、まだ必要である。心と身体の相互排他性に対する、より強力な議論を準備するため、まず、二元論の魅力を理解し、脱構築してみよう。

なぜ二元論なのか

私たちは、自己の起源と、身体から分離した、非物理的な意識の形があるという誤った信念に寄与する、二つのすぐれた能力を持っている。それは、言語を使う能力と、反省以前の、生きられた経験の流れから抜け出し、それを振り返って考える能力である。経験を、言語と反省を通して、自分自身に再び提示するこの能力が、独立した自己を持つという経験を生み出す。今経験したことから一歩引き、それを振り返れるため、私は、この身体、これらすべてのエネルギー、感情、感覚、知覚を、自分のものだと主張できる。これが私だと知り、自分にそう言い、知覚の対象は自分ではないと認識できる。

世界を知り、知覚するものを、自分自身に再び提示しようとすると、世界を知覚し、感じている自分自身を感じるものは、世界の対象と同じ仕方では、自らに現前できないことに、はっとさせられる。たとえば、目の前の本を知覚し、手の中で向きを変え、新しい本の匂いを嗅ぎ、大きさや重さを測ることができる。しかし、その本を感じ取るものを捉えようとすると、同じ仕方ではできない。注意の対象に注意を向けるのと同じように、本を知覚するものへ注意を向けることは、確かにできる。しかし、単純な対象を自分の前に置けるのと同じ仕方で、自分自身を自分の前に置くことはできない。

世界を知り、知覚するこの自己には、形も輪郭もない。意識の重さや周囲の長さを測れず、絵にも描けない。身体を、単に測定可能な空間を占める、単純な対象として生きているわけではないが、反省以前の経験の流れから抜け出して、そのように扱うことはできる。身体の経験を狭め、単純な対象のように扱える。たとえば、ダイエットを始める前に、体重を測れる。身体を、測定可能な空間を占める対象として物化できるが、知覚する者を同じ仕方では知覚できないため、意識は、身体とは異なる存在論的な地位を持つ、非身体的、非物理的な物に違いないと、絶えず想像したくなる。本性のこの特徴を考え、デカルト的な前提に従って不適切に記述すると、自然に、身体的なものをすべて排除することで定義される、心や意識の見解を受け入れるとともに、心に関係するものをすべて排除する、身体の見解も受け入れることへ導かれる。

この誤りは、容易に犯せる。私たちはすでに、この見解をある程度検討した。客観的ではないからといって、主観的と呼ぶのが、常に適切とは限らないことを見た。たとえば、身のこなしの様式と呼べるものを考えよう。私たちは、歩き方、身振り、表現の仕方の独自性によって、互いを認識する。しかし、これらの独自の身のこなしの様式は、測定可能な空間を占める物としては扱えない。それらは、石、リンゴ、本とまったく同じくらい、知覚される世界の一部である。たとえば、美と美的評価についての議論を思い出してほしい。

美や身のこなしの様式を描いたり、重さや周囲の長さを測ったりできなくても、それらが、別の存在の領域にある、何か謎めいた、非物理的なものだということにはならない。しかし、自分の意識を捉えようとすることになると、私たちは、狭く捉えられたデカルトの定義を、あまりに容易に受け入れ、心は身体から分離し、一種の非物理的で幽霊のような現象だと結論づける。実は、肉の自己への折り返し、すなわち身体的な自己への折り返しの発見は、共約不可能性の命題に対する反例を与えることで、この考え方の根を深く切り崩す。自己への折り返しの本性と、それが形而上学的二元論の批判にどう関わるかを探る前に、心身問題にどう至るかと、その問題がどう記述されるかを、もう少し詳しく見よう。心と身体の区別は、どうして心身問題になるのだろうか。

区別はいかに問題になるのか

実に多くの哲学的な難問と同じように、心身問題は、ひっかけ問題のように見える。問題は簡潔に述べられる。身体と心が互いに排他的であるなら、どう相互作用するのか。すでに何か怪しげな感じがし、考えれば考えるほど、絡め取られる。心と身体が互いに排他的であると、明確に定める共約不可能性の命題を受け入れた途端、心と身体の区別は、心身問題になる。たとえば、身体が空間を占め、心が占めないなら、空間を持たない実体が、空間を持つ実体に影響し、あるいは影響されることが、どうして可能なのか。心であるものは身体ではなく、身体であるものは心ではない。観察や実験の助けを借りなくても、両者の相互作用が、決して可能ではないことは、あらかじめわかる。定義によって、心と身体は、相互作用が不可能になるほど、根本的に異なるからである。心と身体の違いは、強くされすぎ、解決が不可能な仕方で提示されている。

類比を考えてみよう。ある哲学者が、議論したい哲学的な問題があると告げる。問題を次のように示す。イダーとピンガラーという二つの存在があり、近くにいる場合にだけ、互いへの愛を表現できるとする。残念ながら、近接性の命題は、両者が近くにいることは、決してできないと述べる。「これが問題です」と哲学者は言う。「彼らが愛を表現することは、いつか可能になるでしょうか?」近接性の命題が、決して近くにはいられないと定め、愛を表現するには近くにいることが必要なのだから、私たちは、このような問いに、きっと困惑するだろう。そして、合理的に答えられるのは、「いいえ、もちろん不可能です。あなたは、彼らが愛を決して表現できない仕方で、問題を定義しています」だけである。近くにいることが、永遠に不可能でありながら、絶対に必要である場合に、愛を表現できるかと考えることは、奇妙というほかない。解決を必要とする哲学的問題の提示とは、とても言えない。

心身問題の設定も、同じ奇妙な道筋をたどる。最初から、心と身体は互いに排他的であると定められる。あまりに根本的に異なるものとして定義されるため、相互作用を問うことは、不可能になる。この規定を受け入れた後で、心と身体が相互作用することは可能なのかと誰かが考えるなら、合理的な答えは、「いいえ、もちろん不可能です」しかない。共約不可能性の命題を受け入れる限り、心と身体は、決して相互作用できない。できないのである。問題の提示そのものに、相互作用の不可能性が組み込まれている。相互作用の問題について言えば、心身問題は、作り出されたものである。類比と同じように、解決を必要とする問題ではない。

明らかに、問題は共約不可能性の命題にある。なぜ私たちは、心と身体を互いに排他的とする特徴づけを、これほど容易に、疑うことなく受け入れるのだろうか。共約不可能性の命題による、心と身体の定義と特徴づけを受け入れれば、解けない問題を解こうとして、泥沼に陥ることは、明らかなはずである。単に問題の定義の仕方によって、解決も、心と身体の相互作用も、不可能になる。私たちが共約不可能性の命題にだまされるのは、この区別の仕方が、想像できる唯一の仕方だからなのだろうか。もしそうなら、身体的な自己への折り返しの発見は、心と身体を互いに排他的にすることなく、区別する方法を示してくれるだろう。

なぜ私は対象ではないのか

心と身体は互いに排他的であるという主張が、異議を唱えられないままである限り、心身問題を背負わされ続ける。もう一度戻り、別の角度から、二元論の魅力を描こう。身体を生きることを理解しようとする試みに伴う、あらゆる困難は、身体についての単純な考え方から始まる。実際、あまりに単純なので、疑いようのない常識にすぎないと思える。その前提は、身体は単なる対象だ、というものである。

自分自身に注意を向けるとき、私は、自分を単なる対象とは考えない。そもそも、私は気づいている。考える。感じる。夢を見る。重力を自らのものとする。単なる対象は、それに似たことをしない。自ら動くものではない。ただそこにあり、空間を占める。私はそのようなものとはまったく違うため、私であるものは、まったく異なるものに違いない。私が誰であり、何であるかの本質が対象ではないため、私は身体ではない。私であるものが測定できず、空間を占めないなら、何か別の、幽霊のような存在の仕方を持つはずである。その幽霊のような現象を、私たちは心、あるいは魂と呼ぶ。身体は対象であると仮定すると、形而上学的二元論が、いかに自然に、素早く生じるかに注目してほしい。この前提には、共約不可能性の命題に結びつく、すべての論理的、現象学的な問題が、すぐ後から食いついてくる。

形而上学的二元論の呪縛を解く鍵は、身体について考える際の、まさに最初の一歩が、実際には、誤った方向へと暴走させる、決定的な誤りだったと認識することにある。身体は、常識が言うようなものではない。対象ではない。しかし、対象ではないなら、身体とは何か。短く答えれば、身体は感覚する。身体は感覚するという主張は、意識が、身体の、物質的な、自己へと折り返す肉に根ざしていることを意味する。自分の内で心や意識と呼ぶものは、すべての生命に本来備わる、自らを感じ取る能力、すなわち感覚性が、進化によって展開したものである。

残念ながら、「感覚性」という言葉の意味について、明確な合意はないように思われる。その周囲にある意味は、意識、気づき、知覚、知性、感覚、刺激への感受性などである。これらすべてを考えると、感覚性は「自らを感じ取ること」を意味すると言ってよいと思う。私たちが自分の内で意識と呼ぶ種類の自己への気づきは、ほかの生命の気づきを構成する、自らを感じ取ることと比べれば、驚くべきものではある。それでも、自らを感じ取ることは、人間の意識がそこから進化した基盤である。人間の意識が、自らを感じ取ることから進化したと言うのは、気づきと意識が、自己へと折り返す肉として始まったことを意味する。自己へと折り返す肉は物質世界の一部であり、意識はそこから生じたため、意識は、非物質的、非物理的で、空間を持たない実体として存在するのではない。意識は、肉の自己への折り返しに根ざしているという洞察の後に、二つ目の洞察が続けざまに現れる。意識は物質世界の一部であり、心は身体的な出来事である。

両者は分離してはいないが、自らを感じ取る肉と、自らを感じ取る行為は、区別できる。自らを感じ取る行為は測定できず、その場所を簡単には特定できない。自らを感じ取る行為は、自らを感じ取る肉から分離していないため、自らを感じ取ることは、身体の、自己へと折り返す物質的な肉の中で起こる。したがって、感覚性は物質的な身体に本来備わり、もちろん、物質世界の一部である。自らを感じ取る行為は、生物の物質的な肉の中で起こる。それは、生きた物質的な身体の行為である。これらの考察の重みのもとで、共約不可能性の命題は崩れる。したがって、心と身体の相互作用について言えば、心身問題はない。心と身体の区別だけがある。

この重要な議論を単純化し、明確にするため、洞察を簡単な論証の形にまとめよう。

  1. 身体は対象ではない。
  2. 身体は感覚する、あるいは自己へと折り返す(すなわち、感じている自分自身を感じることができる)。
  3. 感覚性とは、身体が、感じている自分自身を感じる行為である。
  4. 感じている自分自身を感じることは、意識の一形態である。
  5. 意識は身体的な出来事である。
  6. したがって、共約不可能性の命題は誤りである。

心が身体的な出来事であれば、心と身体の相互作用は可能である。身体と心は、ともに、同じ相互依存的な活動の二つの側面である。身体と心が互いに排他的であるという考えは、両者が互いを含意するという見解に、置き換えなければならない。

最初からやり直す

感覚する身体は、心だけに属すると考えていた性質を持つため、心と身体の区別を、全面的に考え直す必要がある。ブッダが言ったように、「足が地面を感じるとき、足は足を感じる」。この洞察の意味は、決定的に重要である。形而上学的二元論と、共約不可能性の命題の支配を覆す。それは、心と呼ぶものが、物質的、身体的で、自己へと折り返す出来事として存在することを意味する。肉と意識は、同じ現実の二つの側面である。同じ現実の二つの側面であるため、その相互作用は、もはや問題ではない。相互作用の問いについて言えば、心身問題は、ただ消えてしまう。

これらの考察の結果として、私たちは初めに戻り、心と身体の区別を考え直さなければならない。足枷は外され、共約不可能性の命題は捨て去られた。それでも、二元論の言葉と、視野を狭める枠へ戻ってしまわないよう、注意しなければならない。かつて心と身体と呼んだものが、変わったという考えに、慣れる必要がある。今、身体と言うとき、心を排除するものを意味しない。感覚する身体、かつて心だけに本来備わると考えていた性質を持つ身体を意味する。心と言うときも、今は、かつて身体だけに属すると考えていた性質を持つものについて語っている。

メルロ=ポンティが、思考は、身体の知覚能力の発達の結果であると言ったことを、思い出してほしい。彼は、身体は単なる対象ではないと、初めて論じた。身体は感覚するという見解を受け入れるなら、意識は自己へと折り返す肉から始まることも、受け入れなければならない。両方の命題は、心と身体が互いに排他的ではないことを示して、共約不可能性の命題に致命的な打撃を与える。その結果、基本的な概念の多くの意味を、考え直し、明らかにする準備をしなければならない。たとえば、現象学が志向性として発見したものは、何らかの非身体的な超越論的な心の性質ではなく、生きられた身体と、世界に向けられ、世界に誘われる、そのあり方に、深く根ざしている。

身体と世界観を、機能的に区別することはできる。しかし、世界観をどう生きるかは、身体をどう生きるかから、分離していない。心と身体は、もはや以前とまったく同じことを意味しない。しかし、それらについての新たな考え方は、徒手療法家として普段気づくことに、よりよく合っている。肉と思想は、感覚する身体の変容であり、存在論的に分離した二つの現実ではない。自分の状況について、ごく簡単にでも考えれば、感覚する身体の苦しみに、身体の機能障害と、葛藤を伴う認知的、心理的な過程が、複雑に溶け合い、入り混じっていることを、見逃すのは難しい。これらの洞察は、初めに戻り、すべてをやり直すことを求める。

やり直すことは、共約不可能性の命題に、もはや呪縛されていないことから始まる。代わりに、「心と身体」を、感覚性の、異なる二つの相互依存的な表現として認める。感覚する身体と環境は、互いを含意し、相互依存的な活動として、ともに働く。世界を知り、その中に存在する仕方は、環境によって可能になる。少なくとも、主観と客観の区別が持つ、従来の制限を広げ、緩める意欲から、始めなければならない。自らを示すものが、時には主観的でも客観的でもないと知ることは、それに注意を向け、開かれている助けとなる。全体性を重視する評価の非常に多くは、美的な性質を持ち、主観的でも客観的でもない。そのため、特に、それらを、場違いな懐疑の鉗子から解放し、それらが現れる見方を、自由に探る必要がある。この種の見方を探る最良の方法の一つは、3段階の練習を実践することである。

進化からの論証

形而上学的二元論の影響から自由になることは、容易ではない。二元論に対する議論を合わせると、その累積的な効果は、デカルト的な支配から私たちを解放することに、大きく寄与する。それらは、デカルト的な世界観を捨て去る過程を始めるのに十分であり、私たちの居場所である真の美へ、目を開くことを可能にする。形而上学的二元論に向ける最後の議論は、「進化からの論証」である。それは、次のように進む。

自然選択によって、感覚する身体と環境は、別々の異なる企てとしてではなく、相互依存的な統一として、ともに進化する。同じ進化の活動の異なる現れであるため、私たちは環境の中に自分自身を見て、環境も私たちの内に自らを見いだす。感覚する身体と環境の進化は、心、身体、外界の間に、働く相互依存的な関係があることを、明らかに前提とする。感覚する身体、環境、世界は、すべて互いを含意し、同じ進化の活動の、絡み合った表現である。生物と環境はともに進化するため、心と身体が調和して働く、大部分において人間に住みやすい環境の中にいることは、不思議ではない。

私たちは、自分にとって意味のある世界の中で、居場所を感じ、安らぐことができる。自然選択を除いて、世界の設計者はいないが、世界は、私たちを念頭に置いて設計されたように見える。私たちの世界を、最終的に住みうるものにする手段が備わっている。この洞察に、生物と環境はともに進化するという進化生物学の理論を加えれば、私たちの存在の仕方を支え、可能にする、好ましく、可能性を開く環境が、おそらく最もありそうな進化の結果であると考えるのは、妥当である。

共約不可能性の命題が正しければ、人間にとって住みうる世界は、まったく不可能だろう。生物と環境は相互依存的に関係し、世界は、それを知り、それに安らいで関わることを可能にする。そのことを踏まえれば、デカルトが描いた人間を背負わされた世界を想像することは、ほとんど不可能である。心と身体があまりに異なり、互いに相互作用も、情報のやり取りもできない、重い機能不全を持ち、存在論的に二分された生き物が、生き延びる可能性は、ほとんどないか、まったくないだろう。デカルト的人間のために、住みうる環境が進化することは、たとえ可能でも、環境の浪費となる。デカルト的な世界観の描く人間は、能力をあまりに奪われているため、どの実際の環境でも、自分の居場所を見いだせない。デカルトの共約不可能性の命題は、あまりに強力であり、私たちが知り、生きる、人生と世界を不可能にする。したがって、それは捨て去ることができる。

結論

徒手療法の研究の、この段階を終える興味深い方法は、今後の探究のために、問いを提示することである。意識の生物学は、ありうるだろうか。意識には生物学的な基盤があるのだろうか。それとも、意識は永遠に科学の届かないものなのだろうか。

本章は、さまざまな批判の集大成であり、それらを合わせると、二元論を解体するための最初の一歩となる。心身問題に関連する一群の問題で、まだ扱っていないものもある。人工知能、人工生命の可能性、そして、おそらく最も重要な、意識そのものの本性である。意識の本性についての問いは、「意識のハード・プロブレム」として知られるようになった。[10] ハード・プロブレムは、主観的な経験を説明しようとする問題である。私たちは、第6章ですでにこの困難に行き当たった。そこでは、科学は、たとえば紫の経験、イチゴの味、美の経験を測定できないと指摘した。意識を持つとはどのようなことかについての神経学的な説明は、美の経験の化学的分析と、同じくらいしか理解を照らさない。

さらに別の例を考えよう。白黒でしか見えない人が、ある日目を覚ますと、突然、世界を色彩のあるものとして見ていると想像してみよう。驚いて辺りを見回し、「そうか、こう見えるのか」と言う。彼は何を見ているのだろうか。[11] どれほど努力しても、色や意識を経験するとはどのようなことかを、科学は決して説明し、捉えることができないように思われる。言い換えれば、一人称の説明、すなわち「私は背中が痛い」を、三人称の説明、すなわち外部の観察者による、痛みの神経学的な説明へ還元することはできない。したがって、意識のハード・プロブレムは、いつか解けるかもしれない、単に難しい問題ではない。意識と主観的な経験は、科学によって決して捉えられないため、根本的に難しいのである。

ハード・プロブレムは決して克服されないと考える哲学者は、おそらくなお、共約不可能性の命題の影響下にある。その結果、心と身体は互いに排他的であるという概念と、意識は、一種の非物理的で幽霊のような現象だという、それに伴う見解に、なお混乱させられている。しかし、共約不可能性の命題は誤りだと示されたため、意識のある側面は、その性質において身体的であると考えてよい。意識が、自己へと折り返す肉に、生物学的な基盤を持つことを示せるという事実は、少なくとも、意識の一部、おそらくすべてではないにせよ、ある側面は科学的探究に開かれており、意識の生物学は、現実的な可能性であることを意味する。いずれにせよ、生きた組織の自己への折り返しについての洞察は、意識の問題への、新たなアプローチを求める。

これらの点が確立されれば、私たちはついに、共約不可能性の命題と、心と身体はどう相互作用しうるかという謎を、後にできる。そして、心と身体の関係、意識、身体を生きることを、新たな目で見始められる。身体を意識として見ることを学んだ目である。意識の謎は、感覚する身体の謎である。

[1] モーリス・メルロ=ポンティ、『行動の構造』(ボストン:ビーコン・プレス、1963年)、131頁。

[2] 機械論的な存在論と、それが支える療法に対する私の批判を、生物学への機械論的なアプローチが、全面的に見当違いだと考えているという意味に、受け取らないでほしい。機械的なモデルを通して、生物学的な過程を理解しようとする方法には、異論はない。異議を唱えるのは、すべての生き物が機械にすぎないという、裏づけのない考えである。この後者の見解は、まったく明白に形而上学であり、科学ではない。先に見たように、それは、方法論と存在論を混同することから生じる。

[3] アンリ・ボルトフト、『自然の全体性――自然への意識的な参与の科学へ向かう、ゲーテの道』(ニューヨーク:リンディスファーナ・プレス、1996年)、1–23頁。

[4] 症状という言葉は、少なくとも三つの仕方で理解できる。1)「病気の状態など、何か別のものの徴」、2)「固着、すなわち適切な連続性の欠如」、3)「身体の機能障害」である。私は、症状を二つ目と三つ目の意味で用い、固着と身体の機能障害を、交換可能な言葉として使う。一つ目の意味は、病気を扱うため、医療専門職が用いる。徒手療法は、病気を扱うものではない。

[5] この魅力的な主題についての、さらに詳しい情報は、ジェームズ・L・オシュマンの次の二冊を参照。『エネルギー医学――科学的基盤』(エディンバラ:チャーチル・リヴィングストン、2000年)、『治療と人間のパフォーマンスにおけるエネルギー医学』(フィラデルフィア:バターワース・ハイネマン、2003年)。

[6] メイワン・ホー、『虹と虫――生物の物理学』第2版(ハッケンサック:ワールド・サイエンティフィック出版、1998年)。

[7] グレゴリー・ベイトソン、『精神と自然――必然的な統一』(ニューヨーク:ハンプトン・プレス、1979年)、101頁。

[8] ダニエル・デネット、『ダーウィンの危険な思想』(ニューヨーク:サイモン&シュスター、1995年)、300頁。

[9] ダニエル・デネット、『心の種類――意識の理解へ向けて』(ニューヨーク:ベーシック・ブックス、1996年)。

[10] デイヴィッド・チャーマーズ、「意識のハード・プロブレムに向き合う」、『意識研究誌』第2巻(1995年)、200–219頁。

[11] フランク・ジャクソン、「随伴現象的なクオリア」、『哲学季刊誌』第32巻(1982年)、127–136頁。

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記事4第9章 重力を自らのものとする

第9章

重力を自らのものとする

全体論の本質を十分に明らかにし、身体が柔らかな機械ではない理由を示すことができたので、ここで重力の議論に移りたい。私たちは、生きた全体の関係的な組織化を探究してきた。しかし、バランス、統合、重力の結びつきはまだ探究していない。重力の問題を考えると、人間の生、統合、全体論にとって垂直性がもつ決定的な意義に向き合うことになる。重力の作用を受動的に受ける積み木とは異なり、私たちの直立した垂直の姿勢は、重力を自らのものとする。重力を自らのものとするというのは、私たちの直立した構造が、重力のなかで自らを組織するとともに、重力に出会うために自らを組織することで、重力を活かせるということである。身体のバランスがよくなればなるほど、重力はそのバランスを強める。私たちは身体と世界のなかでいっそうくつろぎ、世界からの呼びかけにいっそう生き生きと応じるようになる。ロルフは、身体が重力のなかで統合されると、重力は身体を支え、身体を通って流れると述べた。

全体性を重視する施術者は、星々を押そうとするのではなく、空を変容させようとする、と私が述べたことを覚えているかもしれない。比喩としては、これはそれほど悪くない。欠けているのは、全体論を理解するうえで重力が重要であることへの明確な認識である。

重力と人間の身体への働きかけについて、ロルフの言葉を聞いてみよう。「見ることのできる眼にとって、身体表面の輪郭は、その下にある構造を描き出している。構造的統合の施術者にとって、問題は、空間的な塊を見ることと、そのバランスを感じ取ることを学ぶという問題になる。」[1] 重力のなかでバランスを見いだすことについての、この簡潔な言葉に、ロルフの教えの核心がある。もし重力というものが存在しなければ、空間的な塊のバランスをとることについて語っても、ほとんど意味はないだろう。バランスを感じ取るとはどういうことか、空間的な塊を見ることを学ぶとはどういうことかを考えるだけでも、この簡潔な言葉が含む意味は、決して単純ではないとわかる。とりわけ重要な含意の一つは、重力と全体論の結びつきに関わっている。

この結びつきを十分に追究すれば、重力や環境を除外した全体論の定義は、どのようなものであれ不完全であることに気づくだろう。この見落としは、療法をどのように考え、どのように行うかに悪影響を及ぼす。身体と重力との関係を適切にすることの重要性を認識しないかぎり、療法の成果を損なう危険がある。たとえば、施術者がクライアントの首と肩についてすばらしい成果を得たとしても、その変化を支えるだけの支持と適応性がなければ、そのよい結果が長続きしないことはほぼ確実である。

組織化の線

重力とのこの複雑な関係を理解するために、まず、重力線をはじめとして、人間の身体の垂直性の意義を言い表そうとする、いくつかのよく知られた試みから取り上げる。その後、身体が重力に出会うために自らを組織するとはどういうことかを考えていく。

身体の配列と安定性を評価する一般的な方法は、身体の配列を重力線と比較することである。自分の線がまっすぐなら、組織化はよく、重力はバランスを強めてくれる。この線から外れるほど、重力は身体と争い、本来のように身体を通って流れなくなる。ロルフはこう述べた。「歪みのない系のためには……各ブロックの重心が垂直に配列していなければならず、各部分には回旋も傾きもあってはならない。」[2][3] 重力線に従って垂直の配列と安定性を評価することは、単純でわかりやすく思える。しかし、それが単純でわかりやすいのは、それぞれのブロックの密度がどこでも均一な積み木を扱っている場合だけである。人間の身体を考えると、事情はもっと複雑になる。上級ロルフィング指導者のピーター・シュヴィントが鋭く指摘したように、人間の身体の密度は、どこでも均一というわけではない。そのため、下げ振りの線を使って配列を定めることはできない。あるいは、身体の重心を一列に並べることができたとしても、結果として、かなり不格好で、優美さを欠き、奇妙な形の身体をつくり出すことになるだろう。大きく腹の出た人や、妊娠がかなり進んだ女性では、重心がどのように並ぶことになるか、考えてみればよい。

ロルフも、下げ振りの線では、よく組織された身体のある特徴を説明できないことを明確に認識していた。ただし、その理由はシュヴィントと同じではなかった。彼女は、きれいに積み重ねられたブロックというイメージを伴う重力線は、安定性と配列を判断するための「未完成の比喩」だと述べた。主として重力線によって構造を評価している施術者には、ロルフの次の言葉は困惑をもたらすかもしれない。「人間の身体において、最終的な答えとなるのは、三つの主要な軸すべてに沿った対称性だけであり、垂直方向の配列だけではない。」彼女は次のように指摘した。「人間の身体を一組のブロックとして図式化すると、肩の高さにあるブロックは、地面に近いところにあるブロックよりも幅広く、重く、大きい。私たちの単純なブロックの系は、この問題[上部が重いこと]を考慮していなかった。」[4] したがって、重力のなかでの統合には、重力線以上のものが必要になる。それには、生きられるパリントニックな対称性も含まれるのである。その対称性は、横軸、冠状軸、矢状軸にわたる。重力線だけでは、バランス、安定性、配列の規準を与えることはできない。また、有名な小さな男の子のロルフィングのロゴも、その人がどれほどよく統合されているかを判断する基準や規準ではないということになる。ロゴは比喩を表したものであり、基準ではない。

重力のなかでの統合の指標として重力線を退けるからといって、配列の評価に線という概念の居場所がないと言っているわけではない。たとえばメイワン・ホーは、オステオパスの正中線の概念と一致するような正中線の概念を明らかにしているように思われる。ホーが、身体は液晶の連続体であり、コヒーレントなエネルギーの一形態であると発見したことを思い出してほしい。固体であれ液体であれ、あらゆる結晶と同じく、身体は中央の垂直な正中線を中心に組織されているが、この正中線は重力線とはほとんど関係がない。それは最初の細胞分裂から私たちのなかで発達し、たとえば脊索や脊柱の発達の道筋をつくる。この正中線は、オステオパシー医のウィリアム・サザーランドが発見し、東洋の多くの瞑想法で育まれてきた、身体の根本的な組織化の原理である。[5] 重力線が外側から身体に課される抽象であるのに対し、正中線は身体そのものの一つの次元である。多くの人が身体のコアと呼ぶものは、この原初的な正中線なのかもしれない。

重力はまた、直立することにとって垂直性がもつ意義に、私たちを向き合わせる。人間は重力から受動的に影響を受けるだけではない。機械とは異なり、私たちの直立した垂直の姿勢は、重力を自らのものとする。ロルフは、歪みのない安定した身体について、もう一つの比喩も用いていた。彼女は身体を、テントや吊り橋のような張力構造と比較した。テントを重力のなかで維持しているのは支柱ではなく、布と張り綱が支柱に対して適切に張られているあり方こそが、テントの一体性を保っているのだと指摘した。言い換えれば、統合は適切なパリントニック性の問題であると、ここでも指摘しているのである。[6] この点で、身体は積み木よりもテントや吊り橋に似ていると、彼女は述べた。しかし、テントの類比も行き詰まる。身体の建築的な一体性が、筋膜が骨格系に対して適切に張られているあり方によって決まることには同意できても、それだけですべてを説明できるわけではない。意識を失ったとき、私たちの身体は直立したままではいない。ただ地面に崩れ落ちる。

重力線は、私たちの身体と重力との関係を理解し始めるためには、有用な比喩かもしれない。しかし、結局のところ、それは誤解も招く。重力線のような外的な基準に身体を合わせようとするよりも、身体自身の形態的な必然的要求を明らかにし、育むことのほうが、より適切な働きかけ方である。すでに起ころうとしている垂直性を促すことで、身体は自ら帰郷への道を見いだせるようになる。原初的な正中線の働きは、身体そのものの組織化の、親密で知覚可能な一部分であるため、真の統合の線により近い。重力線は、身体の内部に、知覚可能な組織化の指示対象をもたず、身体が従うべき外的で抽象的な基準として働く。それに対し、正中線は身体に内在しているため、施術者が実際に手で触れられる現実なのである。[7]

オルトトロピズム

ロルフは、身体は線を中心につくられたものだと述べた。「線」が重力線を意味しないかぎり、この言葉は、重力のなかでの統合の比喩として理解できる。しかし実際には、身体の隅々までが、垂直を育むことで、その形態的な潜在能力を解き放とうと努めている。垂直を求めることは、正中線や特定の構造、側面、器官に限られる踊りではない。それは身体全体の活動なのである。

人間の形は動物の形から進化し、すべての哺乳類と共通の解剖学的構造をもっているが、人間の形態は大きく異なっている。垂直に重力を自らのものとすることで、人間の形態はこれらの共通する動物的構造を変容させ、直立し、自ら方向を定め、自らを感じ取り、自らを意識する全体へと組織する。この全体は、常に垂直性を求めている。垂直性と意識はともに進化し、人間の形において切り離せない。垂直性と意識は、私たちの形に消すことのできない刻印を残している。内側から外側まで、頭から足先まで、私たちの形態は垂直性と意識によってつくられている。

いくつかの例を考えてみよう。後ろから見ると、乳児の踵骨はかなり丸い。しかし、より成熟した直立の形を獲得するにつれて、踵骨は長くなることで、身体の垂直性を表現する。あるいは、人間の大腿骨が、他の哺乳類の大腿骨よりも発達し、長くなることで、私たちの直立した形態にどのように寄与しているかを見てみよう。また、動物と人間の頭蓋の違いを考えてみよう。人間の頭蓋では、突き出た鼻口部が後退して顔となり、顎はゴリラのように重く垂れ下がることをやめ、上へと向かう力が、頂点に向かっておおむね丸みを帯びた頭蓋冠をつくり出す。

人間の身体が自らを維持し、自らを形づくる無数の活動を考えるだけで、統合には、身体を重力のなかで一列に並べるだけのものとして扱う以上の何かがあるはずだとわかるだろう。私たちの形態は、多数の内的・外的な力を形づくると同時に、それらによって形づくられている。身体では内在的な動きの力が常に働き、腹腔と胸腔は異なる圧を示し、中空の器官は外へ押し広げる力によって絶えずその形を維持している。感情の浮き沈みがあり、興奮させたり鎮めたりするペプチドが絶えず流れ、心臓や肺のリズムへの対応があり、抑圧してきた感情によって身体が形づくられる。そして、その間ずっと、私たちの有機体としての同一性と意識は、これらやその他の力のただなかで、また、外からやってくる多くの撹乱に抗して、自らとその直立性を維持している。

自らを定め、自らを維持し、自らを感じ取るという、私たちの心理生物学的な本性のこの能力には、直立した形に固有の特徴が一つある。それは第三のパラダイムの療法の実践にとって根本的で中心的なものであり、垂直を求め続ける人間の身体の活動である。この垂直を求める活動を最もよく捉えるのが、「オルトトロピズム」という言葉である。「オルトトロピズム」は、「正しい」「まっすぐな」「直立した」「適切な」「垂直な」を意味する「オルト」と、生物が何かに向かって、あるいは何かから離れて成長する傾向を指す「トロピズム」からなる。したがって、植物が光に向かって成長するため向日性をもつのと同じように、人間の身体は垂直に向かって成長するためオルトトロピズムをもつ。しかし、人間の身体は垂直に向かって成長するだけでなく、一瞬一瞬に垂直を求めていることを強調しなければならない。人間の身体が絶えず自らの垂直性を調整し続けるあり方は、その自己組織化と自己形成の中心的な活動である。人間の身体は、重力の作用を受動的に受けるのではない。常に垂直へと向かいながら、重力を自らのものとしている。垂直性は、私たちの形態が生きて自らを表現するあり方に内在する活動なのだから、私たちの働きかけは、身体に垂直性と秩序を課す過程ではありえず、身体自身の垂直へ向かう反応を活性化する試みでなければならない。垂直性は身体に課すものではない。覆いを取り去って現れるものである。

身体が、その形態的な潜在能力を妨げるものに出会うと、自分にできる最善のやり方で垂直性を調整しようとする。垂直性に向かって努めながら、自分に可能な最善の垂直の妥協を求めることで、秩序を妨げるものを迂回する道を見いだす。この妥協をよく表す類比は、小川が大きな岩を回り込んで流れるあり方である。

こうした秩序を妨げるものに、秩序立てて系統的に取り組むことで、全体性を重視する徒手療法は、身体の形態的な潜在能力を解き放つ。そして身体は、正中線を中心に自らをよりよく組織することで、垂直性をあらためて調整できるようになる。身体的理想主義と定型主義から自由になれば、私たちの実践はもはや、一人ひとりに鋳型を課すことではなくなる。全体性を重視し、原理を中心とする意思決定の過程は、すべての身体が同じ一つのやり方でオルトトロピズムを表現するわけではないことを認識している。その結果、定型に従わない療法は、常に生きて自らを表現しようとしている、その人に固有の形態的な潜在能力を解き放つために、秩序を妨げるものを解放する最善かつ最も系統的な方法を見いだし、垂直へ向かう作用を活性化しようとする、全体性を重視した試みとなる。

重力を自らのものとする

第8章で見いだしたように、私たちの身体と大地との関係を言い表そうとする試みの大半にある問題は、身体を単なるものとみなしていることにある。テントや積み木の類比に明らかに問題があるのは、身体を単なるものとみなしているからである。したがって、身体の垂直性について語るとき、私たちは単に物体としての身体に言及しているのではなく、感覚する身体の垂直へ向かう活動に言及している。

ここで論じていることの現実を理解し、見て、感じるためには、第6章の見ることについての議論を読み返し、第7章の見るための練習を実践するとよいだろう。施術者として、私たちは交通警官であるかのようにではなく、助産師であるかのように、秩序と垂直を育みたい。

人間の身体の形のあらゆる細部に、オルトトロピズムがどのように表現されているかを見ることができるだけでなく、人々に働きかけるとき、それが自らを主張するのを感じることもできる。垂直へ向かう作用を感じ取ろうとすることで、私たちの仕事はより容易で、より穏やかなものになる。身体に自分の意志を課す代わりに、私たちは触れることに対する身体の反応を待つ。その人のなかへと感じながら入っていき、身体が示したがっていることを待つ方法を学ばなければならない。身体が認められると、身体はその苦しみからほどけ始める。ほどけ終わると、組織は柔らかくなる。しかし、組織が柔らかくなってもまだ終わりではないと理解して、もう少しだけ待つと、すばらしいことに気づく。身体が垂直を中心に自らを組織し始めるにつれて、触れることの作用が、自分の手のある場所の上と下へ広がっていくのを感じるのである。実際には、身体は冠状面と横断面を中心にも自らを組織する。身体自身の内側から生じる、この秩序と垂直性への努力を感じ、見るとき、垂直へ向かう作用を感じているのである。

あらゆる生き物と同様に、私たちは常にこの自己維持の活動に関わり、私ではないものとの対比で、絶えず自らを定めている。有機体が世界をもつためには、自らにやってくるものに、それに見合う恒常性をもって出会えるのでなければならない。境界を維持することで、絶えず自らを定めなければならない。この、自らを定め、自らをつくる活動が、心理的な境界の生物学的な根である。しかし他の哺乳類とは異なり、私たちの自らを定める活動の一部は、垂直を求めることにある。一か所の制限を解放することで、垂直性をあらためて調整しようとする身体自身の志向を活性化する。垂直性を調整できないところには、連続性の喪失が見える。この垂直性の踊りは、身体が重力の作用を受けるだけでなく、常に重力に応答していると言うとき、その意味の一部である。人間の身体は、重力のなかで絶えず垂直を求めている。クライアントがどれほど重力線に近づいているかだけで評価するなら、その人が重力と格闘し、垂直性を見いだそうとしているあり方を、系統的に見落としてしまう。そして、この格闘を見落とさないことは、非常に重要である。秩序を妨げるものを解放しながら、垂直へ向かう作用を育む方法を学べば、私たちの仕事はいっそう効果的になる。

束縛されていた形態的な潜在能力が十分に解き放たれると、身体全体がパリントニックに変化する。大地に根づき、地面へと落ち着きながら、空へと持ち上がる。垂直を求めることは、大地と空の「あいだ」を見いだし、内側、すなわち感覚する身体のコアと、外側とのバランスを見いだすことでもある。大地に根づき、持ち上がりを感じることは、曖昧で定義のはっきりしない比喩ではない。持ち上がることと大地に根づくことは、私たちの身体の垂直へ向かう本性の、すばらしい表現であり経験である。それはまた、流れるような、妨げられない、協調した動きの条件でもある。しかし、それを十分に経験するには、デカルト的な世界観から自らを解放しなければならない。

支持を例にとって、身体が重力と環境に出会うために、どのように自らを組織するかを、さらに注意深く見てみよう。ブロックのモデル、テントの類比、重力線だけを念頭に置き、機械工の眼でクライアントを評価するなら、脚が身体の下にどれほどうまく位置しているかという問題だけに関心を向けることになる。身体の下に脚を位置させることの重要性を否定しているのではない。しかし、従来の構造評価の方法の多くは、機械論的な方向づけを前提としており、それが、身体の下に脚を位置させるという考えと同じくらい重要な、支持のある側面を見えなくしていると言っているのである。また、身体の下に脚を位置させても、この、より深い大地とのつながりが得られないこともあると言っている。この、より深い大地とのつながりが得られなければ、統合に向けた私たちのあらゆる試みは、それに応じて制限される。

評価するときは、クライアントがどのように重力を自らのものとしているかを、自分に問いかけてほしい。その人の身体は、床に出会うために、どのように自らを組織しているだろうか。身体が大地に出会い、脚を通して重さを大地へと委ねるとき、そのあり方には柔らかさ、応答性、広がりがあるだろうか。それとも、下腿は硬く、木のようだろうか。支持の問題は、脚が身体の下に適切に位置しているかどうかだけではなく、脚がこのように流動的で、応答的で、柔らかなあり方で床に出会っているかどうかにも関わる。足は、大きく柔らかな動物の足のように、容易に床に接するはずである。歩行の荷重期には、内側のアーチが少し平らになり、蹴り出しの時期には、荷重されていない形へと弾力的に戻るはずである。それによって、足が床からわずかに弾んで離れるかのように、脚を上へと通る弾む作用が生まれる。脛骨と腓骨を弓のように、その間に骨間膜が張られていると想像してほしい。脚が大地に出会うとき、骨は容易にたわんで離れ、それによって衝撃を吸収するだろうか。それとも、下腿は一つの硬いものとして応答するだろうか。

ここで、この見方をもう少し広げて、クライアントの垂直へ向かう反応が、どこで損なわれているかを問うてほしい。その人の身体は、大地に出会うためにどのように組織されているだろうか。どのように大地を見いだし、そこに重さを委ねているだろうか。身体のどこで、どのように、大地を見いだせなくなっているだろうか。協調した動きの流れは、どこで妨げられているだろうか。どのように安らぎやストレスへと移っていくだろうか。身体は大地へ沈み込みすぎているだろうか。それとも、大地を押して離れようとしているだろうか。身体は、重力をどれほどうまく、あるいはうまくいかずに、自らのものとしているだろうか。クライアントが大地に出会うあり方よりも、さらに広く考え、身体が世界に対する開かれた、広がりのある応答をどこで失っているかを問うてほしい。その形は、世界や環境に出会えないように見えるだろうか。それとも、世界へ向かって強く押し出しすぎているだろうか。身体のどこで、それを行っているだろうか。どこで引かれているだろうか。どこで押しているだろうか。その人の形は、どこで自らを表現しようとして苦闘しているだろうか。防御的に押しのけたり、引き退いたりすることによって、動きはどのような影響を受けているだろうか。生きて自らを表現しようとしている形を、どのように維持しているだろうか。その人がそれを行うあり方が、その人なのである。クライアントの形態的な潜在能力が、どこで、どのように束縛されているか、生きて自らを表現しようとしている形態が、どこで妨げられているかを探してほしい。

形態的な潜在能力が妨げられているなら、私たちはどうやって、自分であるものになれるだろうか。何度も述べてきたように、自由とは、制限を創造的に自らのものとすることであり、ロルフィングとは、重力を創造的に自らのものとすることである。私たちの評価には、こうした内在的な反応や志向性の形を見ること、すなわち、その人全体の存在が、重力、環境、世界に出会うこと、あるいは出会えないことのなかで、どのように現れているかを見ることも含まれなければならない。関節の制限や緊張した筋膜の世界に迷い込んではいけない。距離を置いた傍観者としての方向づけを手放し、参与する知覚者になってほしい。深部であれ表層であれ、必要なときにはいつでも形と密度を変えられる、一つに統一された原形質の身体を見ているつもりになってみれば、このような身体と心の全体的なパターンが現れてくるのが見え始めるだろう。垂直へと向かいながら自らを解き放つ方法を、感覚する身体に示してほしい。そうすれば身体は、流れるような、協調した動きの美しさによって応えてくれる。

結論

こうして、支持という意味のなかに、私たちが大地と関わる二つのあり方を認める。一つは、脚が身体の下にどれほどうまく位置しているかに関わり、もう一つは、身体が大地に出会うためにどのように組織されているかに関わる。議論を支持に限らなければ、身体の他の次元についても、同じような問いを立てられる。胸郭は頭の下にどれほどうまく位置しているだろうか。あるいは、上へ向かう力と下へ向かう力は、どのように出会い、あるいは互いをそらしているだろうか。身体は、重力をどれほど自由に自らのものとしているだろうか。

垂直へ向かう作用を活性化することを中心に、身体への触れ方を組織すれば、身体は自分に必要なあり方で自らを解放し、自分にとって可能な最善の構造的変化を見いだすだろう。意志によって理想的な身体の鋳型をクライアントに課す代わりに、私たちは発見の過程に関わっていることに気づくだろう。その過程では、目の前で働きかけている個々の人に最も適したあり方で、形態的な潜在能力を解き放つ。このように、介入の原理とともに働けば、世界に対する、この開かれた、広がりのある、自己を形づくる応答が、身体自身から生じてくるのが見えるだろう。その結果、身体に課された形の変化ではなく、その人の形態の独自性にとってうまく働くものに合致する、形の変化を見ることになる。

身体に触れるとき、測定可能な空間を占めるだけのものや物体として、身体を扱いたくはない。身体は単なる物体ではない。身体は感覚する。身体が私たちに出会い、その苦しみのパターンを示してくれるようなあり方で触れたい。自分自身を十分に手放せば、手を置いたとき、私たちは無垢な子どものようになり、感覚する身体は、その子どもに進んで自らを明かしてくれる。ここに驚くべきことがある。このように参与し、反省に先立つあり方で、感覚する身体を認め、無垢に、その身体をありのままであらせるとき、身体は、その独自の形態に役立つ秩序を自ら求める。変化を始めるのは私たちではなく、身体である。私たちの最初の仕事は、身体が自らを解き放つ方法を自ら始められるように、この参与的で反省に先立つあり方で、感覚する身体を認めることである。このように働くことで、私たちはクライアントの、自己を組織し、自己をつくり、自己へと折り返し、自己を形づくる、垂直へ向かう本性に触れている。混じりけなく知覚されたとき、その人全体は、思考も意志も介さず、ただ、自分に可能な次のより高い統合と秩序の水準へと向かっていく。私たちがすべきことは、感覚する身体が、その垂直へ向かう活動を活性化する道を見いだせるように、反省に先立って、それを許すことだけである。

[1] アイダ・P・ロルフ『ロルフィング――人間の構造の統合』(ニューヨーク:ハーパー・アンド・ロウ、1971年)、65頁。

[2] フローレンス・P・ケンダルほか『筋肉――検査と機能』第3版(ボルティモア:ウィリアムズ・アンド・ウィルキンズ、1983年)、19頁も参照。

[3] 同書、33頁。

[4] 同書、34頁。

[5] 正中線の本質とその組織化の働きについての興味深い議論は、フランクリン・シルズの全2巻の著作『クラニオセイクラル・バイオダイナミクス』(バークレー:ノース・アトランティック・ブックス、2001年および2004年)、とくに第2巻を参照してほしい。明確にするために述べておくと、メイワン・ホーはサザーランドの発見に言及していないものの、正中線の組織化の働きを明確に述べている。たとえば、「ある全体的な方向づけの場が、液晶相の配列を分極させ、したがって身体の主要な軸を決定する役割を、実際に担っている」と述べている。『虹と虫――有機体の物理学』第2版(ハッケンサック:ワールド・サイエンティフィック・パブリッシング、1998年)、166頁。中心が組織化の軸やコアとして働く構造の一例は、よく知られたドーナツ形のトーラスである。

[6] ロルフがドイツ語の *Spannung* に惹かれたのは、それが、彼女が最も関心を寄せていた経験的・客観的な意味の多くを捉えていたからである。*Spannung* は、張力構造のような張り渡し、創造的な活動や瞑想的な活動の強烈な瞬間に経験する、くつろいでいながら活力のあるエネルギー感、身体と心の調和という統合的な経験などを意味しうる。*Palintonos* は、*Spannung* と *Zugspannung* の意味を含むが、その含意はさらに広い。パリントニックな調和はまた、存在の全体性の調和と、そのなかにある私たちの関係を構成する、対立の統一をも表している。それは、重力と環境が身体にどのように作用するかを描写するだけではなく、より重要なことに、身体が重力と環境にどのように応答し、それらを自らのものとするかを描写している。

[7] これらの点と、全体性を重視する療法の実践との関係についての詳しい説明は、私の次の四つの論文を参照してほしい。「私たちの進化的な潜在能力に向かって進む」『ロルフ・ラインズ』第24巻第2号(1996年5月)、5–23頁。「根源的なソマティクスと哲学的カウンセリング」『ロルフ・ラインズ』第27巻第2号(1999年春)、29–40頁。「知覚と生命の認知理論――あるいは、物質はいかにして自らを意識するようになったのか?」『ロルフ・ラインズ』第27巻第4号(1999年秋)、5–13頁。「オルトトロピズムと形態的な潜在能力の解放」『ロルフ・ラインズ』第29巻第1号(2001年冬)、15–23頁。私の著書『広がりのある身体――身体的存在論の探究』(バークレー:ノース・アトランティック・ブックス、1995年)も関連している。

05 / QUESTIONS

記事5第10章 主観性を讃えて

第10章

主観性を讃えて

この章では、全体性を重視した実践の妨げとなる、いくつかのよくあるつまずきを乗り越える道を探る。ロルフの全体性を重視した見方も、美的な鑑賞も、狭く捉えられた客観性、すなわち測定可能なもの、あるいは主観性、すなわち私にとってだけ真であるものの枠内では理解できない。しかし、全体性を見渡して見ることが、私たちの考えるように重要な技能であるなら、それを正当な知覚のあり方として受け入れ、実践することを学ばなければならない。熟練した、全体性を重視する徒手療法家のように見ることを学ぶのは、自由になることを学ぶことでもある。

この章にはまた、全体性を重視する施術者の手にかかると、心と身体の関係を捉え直すことがどのような姿をとりうるか、その簡潔な素描も含まれている。興味深いことに、生物学的な秩序についての議論は、考えうるあらゆる医学や療法が、根底では全体性を重視するものであるという、驚くべき洞察へと必然的に導く。生物学的な秩序が全体的である以上、私たちの不調を適切に治療することも全体的でなければならないというのは、当然のことである。同じく驚くべきなのは、徒手療法家の大多数が、全体論をまったく無視するか誤解したまま、第二のパラダイムでその技術を実践し続けていることである。

概念の感じられる経験

よりよい、全体性を重視する徒手療法家になる方法は数多くある。しかし、基礎となるにもかかわらず、おそらく一度も言及されない方法の一つが、デカルト的な世界観の支配から自由になることである。デカルト的な思考のあり方は、多くの水準で私たちを強く捉えているため、それから自由になることは容易ではない。機能不全に陥った、沈殿している思考のあり方を明らかにするだけでなく、デカルト的なあり方に従って見て、感じ、振る舞うために、私たちがどのように自らを形づくってきたかも明らかにしなければならない。能動的な身体としての本性を見えなくするような前提から、心と身体を解放しなければならない。主体と客体の区別という狭い枠を通して現実を見る、身体から切り離された傍観者の立場をとることに、身体をもって抵抗することを学ばなければならない。概念の混乱や吟味されていない前提を明らかにすることに加えて、自らを自由にし、徒手療法の技能を高める、もう一つの非常に強力で効果的な方法は、熟練した施術者から、全体性を重視する徒手療法のセッションを受けることである。

あらゆる水準で自由になるにつれ、定型的な手順への依存はますます小さくなり、知覚の技能はますます正確で、驚くほど鋭いものになる。第7章で示した三段階の練習を実践することは、必要な技能を解放し、高めるうえで大いに役立つだろう。やがて私たちは、交通警官というよりも、秩序の誕生に参与する助産師のように働いていることに気づく。私たちの仕事は、身体についての自分の理想を身体に課すことではなく、感覚する身体が、より高められた形態を表現できるようにすることである。療法が、外から課された要求ではなく、身体自身の形態的な必然的要求を支えるとき、身体は新たな、より高められた形態へと、いっそう容易に発展できる。結果として生じるものは、私たちの身体についての理想に合うかもしれないし、合わないかもしれない。しかし、身体が自分にできる最善のあり方で垂直性をあらためて調整するなら、私たちの理想に合うかどうかは問題ではない。身体は、よりよく機能するようになるからである。そして、よりよい機能は、よりよい構造をつくり出すとともに、それを支える。

全体性を見渡して見ることの独特な性質を、さらに明らかにし、それに親しむには、主観性と客観性の感じられる経験を通して、全体性を重視する知覚と美的な知覚との親近性を見るとよいだろう。美を鑑賞することに目を向けると、それが参与的な知覚の一形態であることがわかる。それは、美が自らを示せる空間をつくる。美的な鑑賞は、全体性を見渡して見ることと同じく、知覚されるものから切り離された、距離を置く傍観者へと、身体をもって自らを形づくることを必要としない。むしろ、参与する知覚の行為において、自らを示すものが、それを経験する私たちのあり方を形づくるに任せるのである。

私たちは文化として、あまりにも長いあいだデカルト的な世界観を生き、それによって知覚を徹底的に形づくってきたため、その客観性と主観性の経験という狭い枠内で生きることに、すっかり居心地のよさを感じるようになっている。あまりにも馴染み深いので、身体から切り離された傍観者の眼を通して世界を見ることが、正しいことのように感じられる。しかし、私たちが知るのが、距離を置いた傍観者に反省のなかで現れるものだけであるなら、この方向づけによって、私たち自身も知覚の技能も貧しくなるだろう。一方、感じる本性が、幅広く深い経験へと自由に開かれるなら、この客体化する意識を、私たちが誰であり何であるかを決定的に表すものとして生きることを強いられずにすむ。また、この方向づけをまったく退けるという、反対の極端へと走ろうともしないだろう。とくに科学のある側面に関わるときなど、傍観者としての方向づけにも、その居場所があることを認められる。しかし、これらの経験が明確でなければ、気づかないうちに、客観的な経験を狭める、問題のあるあり方を引き受けやすくなる。客観的な世界と、それに対する私たちの関係を狭めるこのあり方が、真であるだけでなく、客観的であるときの、真に正しい感じ方でもあると感じるようになる。そしてごく自然に、この狭められた客観性を、真であると感じる唯一のあり方、真である唯一の存在のあり方として生きる。それは秩序立っていて正しいと感じられる。馴染み深く感じるからだけでなく、物事を客観的に真として捉えるときの感じ方そのものだからである。

距離を置いた傍観者という方向づけをとり、この狭い客観性を、第一義的な存在のあり方として感じている、過度に分析的な人を想像してほしい。さらに、その人が、美しい芸術作品を鑑賞するか、経験豊かな徒手療法家による全体性を重視した評価に立ち会うよう求められたとしよう。自分の存在全体をもって、開かれたあり方で参与するよう求められると、その人は不安を感じるだろう。もはや確かな足場に立っているとは感じられない。客観性の感じ方と比べると、主観性へのこの下降は、形が定まらず、明確な境界を欠き、捉えどころがないと感じられるからである。感じられる主観性は、やがて、不明確さ、形のなさ、確定性の欠如という感覚と結びつく。明確であると感じられないときはいつでも、その人は、不確かさと主観性の深淵の縁に立っているように感じる。明らかに、主観性は、客観性が真だと感じられるようには、真だと感じられない。デカルト的な世界では、客観的でないものは必然的に主観的であるため、分析的で距離を置いた傍観者は、美の経験も徒手療法家の評価も、どうしようもなく主観的であると結論づけざるをえない。その人が、性急に、誤って秩序の欠如として感じるものは、不安を感じさせ、心を開いてそれを調べようとする気持ちを失わせる。それは、どうしても正しいとは感じられない。そこで、その人はそこから身を引き、馴染み深く、はっきりと区切られた、狭い客観性の枠内へと戻る。

身を引く直前のその瞬間こそ、美が自らを示し始めた瞬間であった。第1章でカントが、美の鑑賞を、概念なしに自由に生み出される秩序性の経験として述べたことを思い出してほしい。カントもまた身を引いた。しかし彼が身を引いたのは、主観性のぼんやりしたあり方が不安を感じさせたからではない。概念を通して外的世界を濾過せずに、その世界についての知識をもちうると信じたかったからである。しかし、彼の合理主義的でデカルト的な傾向には、存在を非概念的に捉えることを理解する道がなかった。私たちの分析的な傍観者とは異なり、カントは感じられる主観性にとどまり、それを厳密に調べた。すでに見たように、カントは、美が、秩序に対する深い原初的な欲求を満たすことに気づいた。美に出会って感じる快は、深い満足をもたらす主観的な経験である。しかし、それはまた、普遍的に真であり、あらゆる認識する存在に可能な、感じられる主観性でもある。それは、知識を可能にする認識の条件の、共有された自由な働きに基づいているため、真理条件をもつ。美は概念を必要とせずに現れるため、美的判断の真理を、容易に、決定的に述べることはできない。しかし、それを深く感じることはできる。その結果、美の秩序性には、距離を置いた傍観者の概念的な秩序とは異なる次元の、感じられる深さがある。

一般に、判断は真理条件をもつなら客観的である。たとえば、地質学では、岩石の硬さを決めるために、モース硬度尺度と呼ばれる客観的な検査が発達した。二つの岩石をこすり合わせて検査を行い、傷のつかなかったほうが、二つのうちで硬いものである。したがって、「花崗岩は滑石より硬い」という判断は、真理条件をもち、客観的であると言える。

デカルト的な世界観では、客観性はおおむね、測定可能なものへと狭められている。美は測定できないので、美的判断は客観的ではない。しかし、主観的という言葉で、真理条件や普遍性を欠くものを意味するなら、美的判断は単に主観的なのでもない。真理条件を欠くとは、あなたにとって真であるものが、あなたには真でも、私にも真であるとはかぎらないということである。あるいは、この空虚な点を別の言い方で述べると、あなたにとって真であるものが、私にとっては偽でありうるが、その両方の言明が真であるということである。したがって、実際には二種類の主観性がある。真理条件を欠く、単なる主観性と、真理条件をもつ、普遍的な主観性である。私が感じる本性と呼んできたものは、感覚に現れるものとまったく同じほど真実に即した、世界の側面を明らかにすることができる。哲学の訓練を受けた大半の人には、普遍的な主観性という考えは矛盾語法のように聞こえる。私たちの分析的な傍観者と同じく、単なる主観性しか認めていないからである。しかし今や、主観性と、感じる本性がその真理を知覚するあり方には、私たちの大半が想像していた以上のものがあるとわかる。

カントが美学理論へと注意を向けたとき、美の鑑賞に普遍的な主観性を認めたため、身を引くことをやめた。私たちの分析的で距離を置いた傍観者も、主観性の経験にもっと長くとどまり、単なる主観性を前にして身を引かなければ、狭く定義された概念的な秩序では許されない、はるかに壮大で深い秩序の感覚を経験できたかもしれない。

カントの洞察の細部をすべて受け入れなくても、彼が成し遂げようとしたことに感銘を受けずにはいられない。カントは、自らの哲学を、矛盾語法であるかもしれないもの、すなわち普遍的な主観性のうえに置く危険を冒して、単に主観的でも、客観的に測定可能でもない判断の一種を理解しようとした。大胆な一歩によって、彼はこれらの問題についての私たちの考え方を変えた。普遍的な主観性の可能性を探究することで、存在を概念に先立って理解する可能性への探究も開いたのである。カントの解決に同意するかどうかにかかわらず、普遍的な主観性を明らかにし、理解しようとした彼の試みを評価できる。美的経験と徒手療法家の行う全体性を重視した評価には親近性があるため、彼の探究は新たな洞察を促し、私たちの探究を支え、それに取り組む新たな道を与える。[1]

通常、私たちは、傍観者の立場が、美的なものをいかに感覚を失わせるものへと変えてしまうかを経験しない。この微妙な身体の麻酔がどのように起こるかを十分に意識していなければ、世界から距離を置くことでしか世界を知り、世界に参与できない、距離を置いた傍観者になってしまったことに、おそらく気づかないだろう。さらに重要なことに、距離を置いた傍観者、身体から切り離された傍観者として世界に向き合うとき、知覚の技能がどれほど損なわれたかも、おそらく認識しないだろう。この感覚を失わせる方向づけに十分注意していなければ、それは知覚の活力を奪い、全体性を見渡して見ることの大きな障害となりうる。

単なる主観性から狭い客観性へと性急に退くとき、距離を置いた傍観者は、無邪気に、あまりにも容易に、美的判断を単に主観的なものとして退け、考えもせずに「美は見る人の心のなかにある」と言い放つ。今や私たちは、美的なものを単なる主観性へと追いやることが、なぜ性急で無邪気なのかを理解できる。それは、客観的でないものはすべて必然的に主観的であるという前提に基づいているが、この前提は、反省に先立つ意識の発見によって疑問に付されている。反省に先立つものの発見は、主観的でも客観的でもなく、むしろ主体以前・客体以前である、第三の意識の方向づけの発見である。第11章で見いだすように、これらすべてに関して、さらに深い存在のあり方がある。それをヌミノースなものと呼ぶことができ、反省に先立つものは、比喩的には、そこへの入り口である。全体性を重視する知覚と美的な知覚が呼び起こしうる、感じることによる理解の深さを理解し、味わうには、傍観者としての方向づけを手放さなければならない。さまざまな評価のあり方が美的判断に似ている徒手療法家にとって、それらが単なる主観的な空想ではないと知ることは不可欠である。過度に狭い、感じられる客観性に比べて、全体性を重視した評価と美的な知覚には、しばしば、緩やかで、イメージに富み、比喩的な語り方と記述が必要となる。

ロスコの絵画の前に立っているところを想像してほしい。以下の記述を読みながら、美的経験と全体性を重視した評価との親近性を感じられるか、確かめてほしい。両方の言葉と経験に十分に親しみ、それらが、実際には洞察に満ちた判断であるのに、ぼんやりした思考ばかりのように聞こえることがなくなるまで、慣れる必要がある。絵画が、感覚に満ちたその現前を余すところなく示すに任せるには、20世紀の絵画の歴史、とくにカラーフィールド・ペインティング、抽象絵画の出現、メタ・アートについて、ある程度知っていると役に立つ。こうした美的な概念に助けられながら、静かに絵画を眺め、その絵画に自分の見方を形づくらせると、やがて、それが現れてくるのが見え始める。

見えているものを、どう記述できるだろうか。自らを示しているものに忠実であろうとするなら、次のように言いたくなるかもしれない。「ロスコの絵と二人きりで数分を過ごしたあと、内容が空っぽに見えたその絵画が、それでも、これほど驚くべき深い静けさを湛え、部屋をヌミノースな現前で満たしうることに気づいた。」この語り方は、参与する知覚とともに生じる。暴走した主観性の夢想ではない。それは、この絵画のあり方に特有の現れに調律された言葉の特徴である。芸術が自らの起源を祝福し、演じることに関わっている、そのあり方を明らかにできる言葉を語っている。そのようなものとして、この語り方は、その絵画を正確に記述する多くの方法の一つである。それは単に主観的でも、狭く客観的でもなく、合意を求めることができ、実際にしばしば合意を求める。

カントは、美を、目的のない合目的性として特徴づける。これは、美が、秩序についてのどのような概念にも依存しない秩序性を示す、と簡潔に言う方法である。たとえばカントは、詩は多くの思考を生じさせるが、いかなる確定した思考も生じさせないと述べる。予想されるように、分析的な傍観者を不安にさせる美的経験の特徴そのもののいくつかが、美を愛する人々にとっては大切な特徴となる。文学について言えば、それこそ、一つの作品にこれほど多くの異なる解釈が可能である理由なのである。

自己への折り返しをさらに折り返すこと

デカルトの主体と客体の理解という狭い枠から自由になれば、あらゆる療法やカウンセリングへの含意は明白である。認知的なものと身体的なものの、秩序を妨げる要因は、非常に深く絡み合いうるため、問題のある世界観を手放すには、しばしば身体の葛藤から解放されることが必要になり、その逆もまた成り立つ。

メルロ=ポンティによる「意識」と「身体」の概念の脱構築を、すばらしく解説したなかで、M・C・ディロンはこう述べている。「思考は、身体の知覚能力の延長として、知覚に潜在する自己への折り返しの発展として捉えられなければならない……[メルロ=ポンティ]は、反省的な思考によって導入される歪みを主題化し、それによって無力化する『自己への折り返しをさらに折り返すこと』を求めている……もし反省が、私、すなわち思考するものを導入することで世界を変容させるなら、さらなる反省は、その事実を意識し、続いて、その私を思考の条件ではなく産物として理解できる……主観性の私、物象化された思考の主体は、言語を通して生まれ、その結果として生じる文法的な習慣が、哲学的な偏見の基礎となる。私の発生が理解されると、私は知覚の世界へと戻り、生きられる身体のなかに、その本来の住まいを構えることができる。」[2]

しかし、ここでは注意が必要である。二つの点に注意しなければならない。思考を、生きられる身体の知覚能力に潜在する自己への折り返しの延長として捉えるディロンの分析は、メルロ=ポンティが思考と生きられる身体との絡み合いをどのように理解しているかを明らかにする言葉である。また、メルロ=ポンティの、自己への折り返しをさらに折り返すという概念に、哲学的カウンセリングや心理療法に役立つ道具を、すぐに認めることもできる。第一の注意点は、葛藤し固着した、身体を生きることのあり方を乗り越えるために必要なのは、自己への折り返しをさらに折り返すことだけだという、ディロンの問題ある前提に関わる。あるいは、彼の誤解を招く言い方では、自己が生きられる身体のなかに本来の住まいを構えるために必要なのは、それだけだという前提である。自己への折り返しをさらに折り返すことで、疎外された、身体を生きることのあり方を乗り越えられるという彼の確信も、全体性を重視する徒手療法、心理療法、哲学的カウンセリングの日々の仕事によって裏づけられてはいない。疎外を乗り越え、より健康で、葛藤の少ない、身体を生きることのあり方への道を見いだすことは、それほど単純ではない。第二に、どのように考えても、比喩としてでさえ、「私が生きられる身体のなかに住まいを構える」という考えは、感覚する身体という考えを徹底的に損なう。感覚する身体は、何らかの仕方で私たちが住みつく、手の込んだ物体や住まいではない。感覚する身体は物体ではない。したがって、そこに住むことはできない。それはある意味では、物体に住むための条件である。ディロンの語り方は、単に形而上学的な二元論の言葉へと後戻りし、それをほとんど復活させてしまう。この身体という住まいの、どこに、誰が、あるいは何が住むというのだろうか。

現代世界にこれほど広く見られる疎外は、葛藤し固着した、身体を生きることのあり方として、最も明確に現れる。メルロ=ポンティが述べるように、志向性は方向づけられた空間である。したがって、葛藤した志向性は、空間における葛藤した方向づけであり、それは肉のなかに、葛藤した世界内存在のあり方に、葛藤した時間性の形に、そして歪んだ思考に現れる。[3]

自分の感情と崩れた身体から解離していた、抑うつ状態の哲学の大学院生が、私にこう話したことを覚えている。「長年の療法を受けて、私が最も惹かれ、懸命に擁護しようとする哲学理論は、自分の神経症を支えるのに最も適した理論なのだと、わかってきたんです。」ディロンの結論はあまりにも性急である。葛藤した思考と呼びうるもの、すなわち反省的な思考によって導入される歪みの多くが、知覚可能な肉の歪みに根づき、しばしば防御的で機能不全に陥った振る舞いを支える役割を果たしていることを、十分に認めていないからである。「生きられる身体のなかに本来の住まいを構える」とは、身体を生きる志向性を、より葛藤の少ない、より統合されたあり方で生きるということである。この存在のあり方への帰路を見いだすことは、自己への折り返しをさらに折り返すことに取り組むだけの単純な問題であることは、ほとんどない。疎外から統合へ戻ることは、しばしば、かなり長く、ときには危険を伴う旅となり、身体的、哲学的、心理療法的な、さまざまな介入を必要とする。自己の本質を十分に理解するために、長年の瞑想が含まれることもあるだろう。自己への折り返しをさらに折り返すことが、心理療法に役立つ道具となりうるのは明らかだが、それだけでは、葛藤の少ない、身体を生きることのあり方への帰路を示すには、とうてい十分ではない。

医学全般への含意

あらゆる療法の文脈で、身体にふさわしい位置を与えなければならないという主張は、大半の身体療法家には、まったく問題にならないだろう。実際、全体性を重視して身体を扱う私たちにとって、このような考えは、ほとんど同義反復のように思える。しかし、一部の哲学的カウンセラーや心理療法家には、このような主張が、それほど明白ではないかもしれない。経験が示すのは、どのような療法やカウンセリングであれ、身体を無視できないということである。苦しみの核心にある、葛藤した世界観を手放せないクライアントを見ることは、珍しくない。その暗黙の哲学的な前提が、身体の固着に根づいていたからである。これらの身体の固着が、適切に、正しい順序で解放されなければ、心理療法家が、こうした問題ある哲学的前提から抜け出す道をクライアントが明確に見いだせるよう助けようとしても、抵抗や失敗に出会うだろう。クライアントの葛藤の身体的な側面が見落とされるとき、介入はまったく効果をもたず、役に立たないものとなりうる。

多くの身体の機能不全が、問題ある世界観と結びついていることも、同じく真である。一部の心理療法家や哲学的カウンセラーが、クライアントの世界観が身体の機能不全に根づいているあり方を十分に理解していないかもしれないのと同じように、一部の身体の施術者も、ロルファーであれ、オステオパスであれ、カイロプラクターであれ、理学療法士であれ、クライアントの暗黙の、あるいは反省的に捉えられた世界観が、療法的介入の結果にどれほど深く影響しうるかを、十分に理解していないかもしれない。しばしば不適切に「位置がずれている」と表現される、一つの椎骨のような単純なものでさえ、治療に抵抗することがある。語られてはいないが問題のある世界観と結びついているからである。

あらゆる身体的介入に哲学的カウンセリングや心理療法を含めなければならないと言っているのではない。それは、あらゆる哲学的・心理的介入にも身体への手技を含めなければならないと言っているのでないのと同じである。しかし、クライアントの世界観が、葛藤した身体の志向性の表現でありうることを理解するのは、心理療法家や哲学的カウンセラーにとって、非常に役立ちうると言っているのである。たとえば、クライアントが自分の世界について考えるあり方の、身体的な側面を追う方法を知っていれば、哲学的な問いかけや精神分析的な解釈を、どこで差し出し、どこで差し出さないかを示してくれるため、仕事はより容易になる。

あらゆる医学、療法、カウンセリングは、最終的には全体性を重視するものとして捉えなければならないと気づけば、この種の理解は、とくに決定的なものとなる。[4] あらゆる療法と医学が、根底では全体性を重視するものであるという私の主張は、いささか行きすぎに聞こえるかもしれない。とくに、医療を提供する人々の大多数が、全体性を重視するよりも、矯正的なあり方でその技術を実践していることを考えれば、そうだろう。しかし、生物学的な秩序が全体的であるという認識は、私たちの不調、痛み、心理生物学的な問題の、最も効果的で適切な治療が、全体性を重視するアプローチから生じなければならないことを意味する。矯正的な戦略は、すべて同じあり方でクライアントに取り組む。特定の問題がその人全体と、その人が世界を生きるあり方に、どのように影響し、またそれらから影響を受けるかを気にかけずに、その問題に取り組むのである。確かに、ときには、局所的な身体の機能不全や、クライアントの特定の概念的・論理的な混乱を超えて目を向けなくても、こうした特定の問題を十分適切に扱える。しかし、多くの場合、認知的な介入だけでは十分ではない。

次の例は、自己への折り返しをさらに折り返すことや論理が、その人全体の存在に取り組まないために、ほとんど、あるいはまったく効果をもたないことをよく示している。

哲学的カウンセリングをある程度学んだ徒手療法家が、自分の問題に取り組むことを避けるために、常にパングロス流の楽観的な説明に訴えるクライアントに、苛立っていた。ある日、彼女は、いつものうわべの陽気さで言った。「何事もいつも最善の結果になると思うんです。」「よし!」とカウンセラーは考えた。「この哲学的な立場なら簡単に批判できるし、否認のパターンのいくつかを彼女に示せる。」

彼は、明白な区別から始めた。「ある命題は真か偽ですが、別の命題は単に無意味です。もし私が、月はグリーン・チーズでできていると言ったなら、原理的には検証も反証もできる、経験的な主張をしていることになります。かなり馬鹿げた見解ですが、厳密に言えば、無意味ではありません。月へ行って、グリーン・チーズでできているかどうかを確かめれば、私の言明の真偽を検証できるからです。」彼は、息をつく暇もほとんどとらずに続けた。「あなたの主張は、経験的な主張ではないため、真でも偽でもありません。なぜそうなのか、一つの例を見ればわかります。あなたがずっとメルセデス・ベンツを所有したいと思っていて、人生のある時点で、それが決して実現しないと気づいたとします。メルセデスが手に入らないことに直面して、それが最善だったと言わなければなりません。しかし、その翌日、ほとんど知らない親戚が亡くなり、あなたにメルセデスを遺してくれたとしましょう。やはりあなたは、何事も最善の結果になったと言うでしょう。

ですから、一瞬一瞬、あらゆる瞬間に、何が起ころうと、起こることすべてが、最善の結果になった一例になります。何が起ころうと、よいことでも、悪いことでも、どちらでもないことでも、起こることすべてが、最善の結果になった一例なのですから。月がグリーン・チーズでできているという主張とは異なり、何事も最善の結果になるというあなたの主張は、経験的な主張ではありません。私たちは月へ行って、グリーン・チーズでできているかどうかを確かめられます。しかし、あなたの主張を反証しうる条件は何一つ想像できないため、その主張は空虚です。真でも偽でもありません。まったく単純に、意味をなしていないのです。」彼女はしばらく彼を見つめてから、こう言った。「なるほど、あなたの論理は完璧ですね。でも、私は自分の理論のほうが好きです!」

この例が少々ユーモラスに示すように、その人全体と、その人が自分の世界を生きるあり方に適切に取り組まなければ、自己への折り返しをさらに折り返すことにも、論理にも、何らかの違いをもたらすと期待することはできない。また、この哲学的カウンセラーは、クライアントに苛立っていたため、三段階の過程の第一段階を踏まなかった。自ら身を引く代わりに、論理によって彼女を軽く傷つけたのである。

身体と世界観の固着、すなわち秩序を妨げるものは、通常、その人全体の存在に関わる、機能不全に陥った全体的なパターンである。それらが身体の局所的な問題や、特定の混乱した概念であることは、めったにない。それら自体が統一された全体的なパターンなので、通常、その人全体に、それらを中心として適応し、再組織するよう促す。「固着」という概念は、心理的なコンプレックスや強迫観念、あるいは哲学的な強迫観念を指すとき、とくに説得力をもつ。しかし、「固着」は、全体との内在的なつながりをもたない、身体の局所的な問題を含意するため、その使用は理想的とは言えない。そのような局所的な身体の固着が存在することは、かなりまれである。そのため私は、関節に見られるものであれ、世界観に見られるものであれ、あらゆる固着を「秩序を妨げるもの」と呼んできた。秩序を妨げるものは、その人全体の組織化と自由に関わり、それらを損なう、統一された全体的なパターンであるという事実に、注意を向けるためである。

秩序を妨げるものは、それが関わる、より大きな全体に、新たな組織化のパターンを強いる、撹乱のパターンである。私たちの存在の一つの水準での妨げは、あらゆる水準での妨げとなる傾向がある。自らを感じ取ることは、私たちの有機体としての同一性の一部を構成し、心理生物学的な本性の自己組織化のパターン全体に分布しているため、心理生物学的な組織化に対する、系全体に及ぶあらゆる妨げは、自らを感じ取ることへの妨げともなりうる。自らを感じ取ることへのこうした妨げは、自由を損ない、私たちを、なりうるものよりも小さなものにしてしまう。世界を知覚するあり方、動くあり方、感じるあり方、考えるあり方に悪影響を及ぼす。身体を生きることのあり方が、より統合され、より健康になるほど、こうした秩序を妨げるものから自由になる。存在へのこうした妨げから自由になるほど、自らを感じ取ることは明確になり、私たちはいっそう自由になる。実際、高度に統合された人の指標の一つは、明晰で、動じない落ち着きである。

系全体に及ぶあらゆる妨げは、自らを感じ取ることへの妨げであるという点を、強調したい。大半の施術者が第二のパラダイムで働いているとしても、あらゆる医学が必然的に全体性を重視するものであるという事実を、強調するためである。全体論は、部分を直すこと、関節を動かすこと、特定の哲学的な混乱に取り組むことだけに関わるのではない。全体論は自由に関わり、その人全体の存在を高めることに関わり、人々が自らを見いだせるようにすること、より豊かで充実した人生を生きること、全体であると感じ、全体として在ること、私たちが誰であり何であるか、そして、私たちがその表現である、より大きな全体のなかに、どのように位置しているかを知ることに関わる。それは帰郷に関わるのである。

どのような療法を実践するのであれ、私たちは常に、その人全体、その人が身体を生きるあり方、その人が自分の世界を生きるあり方を考えなければならない。心理生物学的な、秩序を妨げるものや、重力と環境がクライアントに及ぼす影響を見落とすなら、クライアントの問題の全体を見ていない。その結果、評価と治療は必然的に不完全なものになる。

思考と肉がどのように絡み合うかを理解することは、成果を得るうえで最も重要である。本質的に、すべての施術者は、全体性を重視する施術者にならなければならない。クライアントを全体的に見ることができれば、その問題に、純粋に矯正的な立場から取り組めるか、それとも全体性を重視する立場から取り組むべきかを判断できる。しかし、矯正的な立場だけからクライアントを見るなら、必然的に、その人全体を見ていない。多くの臨床家、とくに経験豊かな人々は、しばしば直観的にこうした判断を行う。しかし、全体性を重視するアプローチと矯正的なアプローチの違いを理解し、それに注意を払い、真に理解している人だけが、一人ひとりのクライアントに最善のアプローチを、明確に、責任をもって判断できる。

結論

全体論と徒手療法への私たちの探究は、かなり驚くべき結果をもたらした。リフレクソロジーから脳外科手術まで、あらゆる医学は全体論の一形態なのである。さらに、あらゆる機能不全、あらゆる心理生物学的な混乱、あらゆる身体の苦しみは、身体全体と全体的に関わる、全体的な出来事である。秩序を妨げるものは、孤立した症状ではない。それらもまた全体である。身体全体を損なう、全体的な機能不全のパターンなのである。身体を部分の寄せ集めと捉え、症状を孤立した出来事と捉えることは、生物学的な秩序の本質と、介入の方法を根本的に誤解することである。その結果、先に論じたのとまったく同じ、乗り越えられない評価の問題に、第二のパラダイムで実践される、あらゆる医学が直面する。第二のパラダイムでの実践は、全体的な関係を見ないため、不完全であり、効果をもたないか、有害となる危険を伴う。したがって、考えうるあらゆる医学や療法は、一つ残らず、自らが根底では全体性を重視する実践であることを知り、認めるだけでなく、全体性を重視して実践することを学び、全体性を見渡す眼を育てなければならない。

[1] 実際、美的判断の真理条件を確保するカントの方法には、重大な問題がある。カントの証明への綿密な批判については、ジョン・フィッシャー、ジェフリー・メイトランド「美学における主観主義への転回――カントの鑑賞理論の批判的分析」『ザ・レビュー・オブ・メタフィジックス』第27巻第4号(1974年)、726–751頁を参照。カントが身を引いたことと、美学に見いだした解決についての詳細な分析は、私の「鑑賞の存在論――カントの美学と形而上学の問題」『英国現象学会誌』第13巻第1号(1982年1月)、45–68頁も参照。両論文は、ルース・チャドウィック編『イマヌエル・カント――批判的評価』(ラウトレッジ、1992年)に再録されている。これは、カントについての重要な著作を収めた、評価の高い全4巻の参考文献集である。

[2] M・C・ディロン『メルロ=ポンティの存在論』(エヴァンストン:ノースウェスタン大学出版局、1988年)、110–111頁。

[3] 生きられる空間性と生きられる時間性の、葛藤した形についての議論は、私の著書『広がりのある身体――身体的存在論の探究』(バークレー:ノース・アトランティック・ブックス、1995年)を参照。

[4] 矯正的なアプローチと全体性を重視するアプローチの違いについての、より詳しい議論は、私の著書『広がりのある身体――身体的存在論の探究』145–152頁にある、実践の三つのパラダイムについての議論を参照。慢性的な腰の問題に対して、全体性を重視するアプローチが矯正的なアプローチより効果的であることを示す研究は、ジョン・コッティンガム、ジェフリー・メイトランド「慢性腰痛患者のための、軟部組織モビライゼーションと誘導された動き・気づきの技法を用いた三つのパラダイムによる治療モデル」『整形外科・スポーツ理学療法誌』第26巻第3号(1997年)、155–167頁を参照。

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記事6第11章 帰郷、第11部――あなたがいつも、すでにいるところ

第11章

帰郷、第11部――あなたがいつも、すでにいるところ

第1章で見いだしたように、帰郷の経験は自由と美の経験である。徒手療法を受けることで得た自由を、クライアントが身体をもって生きられることは、その人が施術の成果を保つことを示す、よい指標となる。しかし、すべてのクライアントが、何が起こったかをすぐに理解できるわけではない。クライアントが成果を育み、統合するのを助けるには、自由が現れたとき、どのように見え、どのように感じられるかを、施術者が明確に理解していることが重要である。そのためには、帰郷についての理解を広げ、これまでほのめかされてきただけの側面を明らかにする必要がある。ときに、全体性を重視する徒手療法には、人生の「霊的」な次元と呼びたくなるものへと、その人を開く力もあるように思われる。宗教や宗教性に伴う、問題のある含意へと探究を向けないために、私は代わりに「ヌミノースな」という言葉を用いる。

この章は、帰郷についての理解を完成させ、深めることを目指している。歩くことや走ることのような日常的な活動が、どのように自由への入り口となりうるかを示すことで、ヌミノースなものを垣間見せ、最後に、クライアントがヌミノースなものへ開かれるのを、徒手療法がどのように助けうるか、その例を示す。

すべては動く

すべては動く。しかし、私たちは、自ら動くものでありながら、いったいどのように動いているのかを知らない。

私たちはたいてい、重力を自らのものとしながら空間を移動し、一つひとつの動きが自由に次の動きへと流れていくが、それについて考えることはない。通常、自分の動き方の、感じられる経験について考えることはない。ただ、動きたいときに、動きたいところへと動く。しかし、自分の身体をどう動かしているのか、身体を動かすことを実際にどう経験しているのか、不思議に思ったことはないだろうか。この問いに答えるには、生き、呼吸し、動きを成し遂げるなかで、その動きをどう経験しているかを見つめなければならない。この問いが求めているのは、外側からあなたの動きを見ている観察者の視点ではなく、動いている本人としてのあなたの視点である。したがって、たとえば、どのように動くかについての神経学的な説明は、この問いへの答えにはならない。

私たちは大いに確信をもって、「私は自分の身体を動かす」と言う。自分が身体を動かす者であるという知識以上に、自明なものがあるだろうか。身体を生きる自己が、自分の身体を動かしているのかもしれない。もしそうなら、この身体を生きる、動かす者はどこにいるのだろうか。身体が単なる物体ではないなら、私はどうやって身体を動かすのだろうか。どれほど探しても、この身体を動かす者は、どこにも見つからない。身体を動かす者を見つけられないなら、身体を生きるということを、どう理解すればよいのだろうか。私が身体を生きていると言うと、かつて身体の外にいた時期があり、今は徒手療法家のおかげで身体のなかに戻ったかのように思える。しかし、これほど容易に身体の内外を出入りする、この「誰か」は、どこにいる、何なのだろうか。

初めてこれらの問いを聞くと、私たちはもどかしく感じ、どう答えればよいのか、ほとんどわからない。しかし、最初の戸惑いにとどまり、考える心の要求を手放し、誰が動き、どのように動くのかを、本当に経験することへと自らを開けば、まことに驚くべきことを経験するかもしれない。同様のヌミノースな問いと同じく、その答えは私たちの自由に関わる。言葉によって捉えられる自由ではなく、直接の経験における自由に。

山を駆け下りる方法

日常の動きの、一瞬一瞬の自由な流れから、どのように解放が生じうるかを初めて垣間見るために、運動選手が「ゾーン」と呼ぶ、よく知られた経験を見てみよう。次の、山を駆け下りる記述は、ある大学院生によるものである。私たちは、12年間に生じた、動きに関する彼の三つの経験を見ていく。最初の経験の単純さは、他の似た経験を思い出させるかもしれない。この種の経験が広く見られることも、私たちが思っていた以上に、自らの自由を実現することに近づいていることを示唆する。この走ることの記述はまた、限られた、私は在るという自己の枠を超えられたとき、何が可能になるかを、ほんの少し示してくれる。

初めてコロラドのロッキー山脈を見たとき、私は運動不足の大学院生だった。友人が山へのハイキングに連れていってくれた。ようやく頂上に着くと、脚は痛み、息をするたびに喉が焼けるようだった。少し休んでから、下り始めた。驚いたことに、友人は山を走って下り始めた。足元に自信がなく、滑る砂利の上では不安定だった私は、慎重に、自分では細心の注意を払っているつもりで、片足ずつ前に置き、同時に、それぞれの石や小石が滑らないかを確かめていた。その結果、何度も転んだ。ついに、私は慎重さをすべて捨て、友人のやり方に倣うことにした。すっかり身を任せながら、同時に、完全な正確さで、山を駆け下りた。足の下で石が滑っても、転んだり足の運びを乱したりすることなく、まさに正しい方向へと跳ぶことができた。計算する時間がなくても、身体は、間違いのない気づきによって、何をすべきかを正確に知っていた。麓に着くと、脚はもう痛まず、喉も肺も、もはや焼けるようではなかった。この、動きへと自分を委ねることは、喜びに満ち、爽快だった。

この例は、走るという日常的な活動のなかで自由が生じるあり方についての、反省に先立つ、いくぶん浅い経験ではあるが、それでも、何が可能かを、心惹かれる味わいとして示してくれる。学生は、自分の動き方を反省的に考えるほど、転んだことに注目してほしい。考える自己、反省する自己が、あまりにも強くそこにいた。ついに、あらゆる慎重さを手放したとき、彼は同時に、自己の枠を手放し、反省に先立つあり方になった。考えることをやめ、ただ走った。突然、反省する自己から自由になった。彼は走らされていたのである。

この記述をさらに注意深く見ると、二つの動き方も見いだせる。一つは反省的な思考と結びついたもの、もう一つは反省に先立ち、私の禅の師が「私は在るという自己」と呼ぶものと、その固着から自由なものである。この章の後半で、反省的な思考と反省に先立つ思考の、この区別に戻る。

残念ながら、私たちが身体を動かすあり方についての、最も一般的な理解は、すでに混乱している話題を、さらに混乱させるだけである。日常の動きの、一瞬一瞬の自由な流れから解放が生じるあり方を捉えるには、それはあまりにも狭く考えられている。最も一般的な答えが最も混乱しているため、ヌミノースな動きを理解しようとする前に、その答えが私たちの思考に、どのように浸透しているかを見抜く必要がある。

私が動かそうと意志し、身体が動く

問われると、大半の人は、動くとは単に、自分が動くよう意志し、それから動くことだと答える。この答えは、あらゆる動きが二つの段階で起こると言っていることになる。まず、身体が動くよう意志し、それから身体を動かすということである。この議論のために、この答えを「私が動かそうと意志する」理論と呼ぼう。この答えが、身体は心の命令に従うという、ある種の形而上学的な二元論を前提としているように見えることに、注目してほしい。

なぜこの記述がすべての動きに当てはまらず、動くなかで自由が現れることを捉えられないのかを見るために、簡単な例を考えよう。私たちが一緒に食事をしていると想像してほしい。最初のひと口で、あなたは食べ物に塩が必要だと気づく。もっと塩がほしいという考えが浮かぶか、あるいは、ただそうした衝動を感じる。あなたは、塩を取ってくれるよう私に頼む。塩を渡すという私の決定と、塩を渡す行為は、一つの同じ動きとして同時に起こる。何をしているか考えることなく、眼が塩を見つけ、手がそれに続く。何も考えず、先に腕を動かそうと意志することなく、身体全体が、肉、感じている自分を感じること、意図の融合に参与する。私はただ、腕を動かし、つかみ、塩を渡す衝動とともに流れる。まるで、一連の意図と行為が、一つの音楽のフレーズになったかのように。あなたも、先に腕を動かそうと意志したり、それについて考えたり、自らを感じ取っていることを感じ取ろうと考えたりすることなく、感じる本性が、塩を受け取る意図に満たされ、身体全体が腕の動きに参与する。音楽のフレーズの音符のように、塩を受け取る意図と、受け取る行為は、同じ、感じられる動きのなかで、同時に起こる。

この例が明確に示すように、私たちの日常的な動き方は、二つの段階で起こるのではない。塩を受け取る瞬間、自らを感じ取ること、塩に手を伸ばすこと、塩を受け取る意図は、一つの同じ行為である。実際には、意図、肉、動きは別々ではない。むしろ、ある結果を得ようとするなかで、身体全体が関わる、一つに統一された行為として融合している。行為するという決定と、その結果としての行為は、同じ、感じられる動きのなかで、同時に起こる。日常的な動き方には、二つの段階はない。一つに統一された、感じられる活動だけがあり、そこでは、動こうとする意志と、動く行為は、同じ動きの二つの側面である。自らを感じ取ることは、常に暗黙のうちにそこにあり、その気になれば気づくことができる。

自分の見解に権威を添えるために、少しばかりの神経科学で説明を飾り、「まず、腕を動かしたいと思う。それから脳と神経系が引き継ぎ、身体を動かす」と主張したくなる人もいる。より複雑だが、科学的な知識に基づく記述を示そう。「グラスを口へと持ち上げたいなら、私は脳のなかでこの考えを思い描き、それを点と線の符号に変え、この符号を脊柱に沿って下へ、腕神経叢を通って外へ、そして腕へと送ることができる。その考えは、喉の渇きによって刺激されるのかもしれないし、初めてのデートでの居心地の悪さによって刺激されるのかもしれないが、それは問題ではない。神経筋接合部では、メッセージが意味へと解読され、関係する筋肉が、符号化された順序に従って収縮する。」[1]

科学的な知識が増えてはいても、この種の記述は、私たちの経験をまったく捉えていない。このように腕を動かすことを経験する人はいない。符号化し、解読して動きへと変えるというこの記述は、経験の記述を装った理論である。まず気づくべきなのは、この記述が一人称の経験と三人称の経験を混同していることである。実験室の運動学者は、あなたが感じ、生きている動きの経験を記述しているのではない。点と線を解読することによる神経活動の説明は、一人称の記述ではない。それはむしろ、傍観者による三人称の記述である。ここでも、デカルトの影響が働いているのが見える。科学がより発達しているため細部は異なるが、第6章で初めて出会ったのと同じ、経験、すなわち一人称の経験と、因果的な説明、すなわち三人称の説明との混同が見られる。

結局、脳と神経系が引き継ぐあり方について、どれほど細かく補っても、この答えが、先ほど見た「私が動かそうと意志する」理論を少し複雑にした、形而上学的な二元論の一形態に近づいているという事実からは逃れられない。少しばかり科学を混ぜても、説明する力は何も増さない。この理論は、まったく同じ一面的な記述に基づいているからである。混同に気づかなければ、生きられる経験と科学的な説明を混ぜることで、記述に、実際に値する以上の権威が与えられたように見えるかもしれない。

「私が動かそうと意志する」という答えに納得できなくても、なぜなのか言えず、多くの人は反抗的に両手を上げ、「ただ動くんだ!」と言い放つ。この反応は、実際には答えではないが、動くことには「私が動かそうと意志する」という記述が述べる以上のものがあるという疑念を、しばしば表している。また、欲求、意図、肉、感情が、何らかの仕方で分かちがたい一体性へと融合している、身体全体の方向づけと動きを記述しようとするときの、もどかしさも表している。

「私が動かそうと意志する」という見解が、多くの人に疑わしく思えるのは、おそらく、それも形而上学的な二元論の、語られない前提を抱えているからである。心と身体は別々の異なる実体であり、身体を動かすことは、物体を動かすモデルで理解できるという前提である。これほど真実から遠い考えはない。たとえば、腕を持ち上げることは、シャベルを持ち上げることとはまったく違う。シャベルを持ち上げる感じとは、似ても似つかない。腕を動かすとき、別個の孤立した物体を持ち上げ、動かしているとは経験しない。むしろ、身体全体が腕の動きに参与し、その動きは、欲求と意図の実現であると同時に、その現れとして経験される。私たちは、何かを成し遂げる意図に満たされた、統一された行為のなかで、身体全体を方向づけるあり方で腕が動くのを感じる。それは認知的な行為ではない。むしろ、感じられるものとして生きられる、生きた経験の一例である。腕を、意志によって不思議な仕方で動きへと投げ出す、孤立した単なるものとして経験していないのは明らかである。私はシャベルを、自分の一側面としても、自分が在ると感じるあり方としても感じない。腕の動きは、肉に満ちた意図が流れ、先導する動きであり、何かを成し遂げることへと身体をもって方向づく、一つに統一された、感じられる、反省に先立つ行為である。私は、自分がどこにいるかを感じるから、空間のどこにいるかを知っている。空間でシャベルを扱うことは、空間で腕を使う経験のようには感じられない。詩的に言えば、このような自由で妨げられない動きは、空気が形になるようなものである。動きは、心の目に見える活動なのである。

しかし、結局のところ、「私が動かそうと意志する」という記述への、最も決定的な反論は、それが私たちの通常の、感じられる経験を無視しているという、単純な認識から生じる。経験は繰り返し示している。日々の一瞬一瞬に、通常私たちが動くあり方は、まず、身体やその一部を、別個の物体であるかのように動かそうと意志し、それから動かすということではない。感覚する身体は単なるものではなく、その動きが、意志の行為と、それに続く行為という二つの異なる段階を、いつも伴うわけではないことは明らかである。もし歩行が、一歩ごとに、動く前に動かそうと意志し、それから動かすことに支配されていたら、どれほど奇妙に見えるか、考えてみてほしい。私たちは、ぎくしゃくした操り人形のように見えるだろう。あるいは、さらによい例は、ジャック・タチの愛すべき登場人物、ユロ氏かもしれない。止まっては動き、ためらいながら決めかねる彼の歩き方は、矛盾するように見える意図に動かされているかのように、同時にいくつもの方向へ進もうとして見える。

動くことについて考える

通常、日々の一瞬一瞬の動きは、意図と肉との、切れ目のない融合として行われる。そこでは、動きたいという欲求と、その結果としての行為が、感覚する身体の一つの同じ動きであり、一つひとつの動きが自由に次へと流れる。この動き方が起こるのは、それに注意を向けておらず、新たなあり方で動こうともしていないときだけである。動きの見事な自由な流れは、それについて考えた瞬間に消える。さらに、動きながら、その動きに注意を向けるのは、たいてい、何かがおかしいか、その動きが新しいものであることを示している。けがから回復しているときや、新しいダンスのステップを学ぶとき、実際に行う前に、何をするかをどれほど考えなければならないかを考えてみよう。

したがって、「私が動かそうと意志する」理論が部分的に捉える動きの種類は、大半が、動く前に考える必要のある、遂行の困難である。「私が動かそうと意志する」という記述が明らかにするのは、遂行の困難を伴う動きには二つの段階があるということである。第一段階は、新しいあり方で動こうとする意図や欲求に関わり、通常、どのように動くかを計画し、考えることを伴う。第一段階を動きの原因と解釈しがちだが、少し考えてみれば、それは実際には動きの理由であるとわかる。第二段階は、新しいあり方で動くことを練習し、試みることである。

奇妙なことに、一つの動きから別の動きへの、一瞬一瞬の自由な流れは、最も一般的で、最も身近な動きの経験でありながら、認識し、記述するのに最も苦労する動きでもある。それを捉えるのに苦労する理由の一つは、注意を向けていないときにしか現れない種類の動きだからである。この種の動きは、考えながら行うことはできない。ただ生きることしかできない。注意を向けた瞬間、それは消え、反省的な思考による吟味の対象となる。そして、考えれば考えるほど、動きは自由でなくなる。ダンスを学ぶことや、けがのあとで歩き方を学ぶことのように、どう動くかを考える必要のある遂行の困難とは異なり、日々を満たす、至るところにある動きの自由な流れは、その正反対、すなわち、それについて考えないことを必要とする。しかし、私たちは大半の場合、動きのなかでの、身体全体の統一された自由な流れを、ぼんやりとしか意識していない。その結果、一瞬一瞬の動きの流れがどれほど見事なものになりうるか、そして日々のどれほど多くが、それによって生き生きとしているかを、見落としがちである。

無意識でもない

興味深いことに、自ら動く経験についての、かなり回り道をした探究は、二つの動き方を明らかにした。一つは、実際に動く前に、どう動くかを考える必要のある動き方であり、もう一つの、より広く見られる動き方は、反省的な思考がないところで起こる。日々の一瞬一瞬の自由な動きには思考が関わらないという観察から、それは無意識だと考える人もいる。しかし、実際には、現象学の分野にある、反省的なものと反省に先立つものとの区別のほうが、この二つの動きの形を理解する仕事に、はるかに適している。

ある活動に完全に取り組み、身を委ねているときの経験を考えてほしい。たとえば、音楽を一曲演奏しているときや、接戦のバスケットボールの試合をしているときである。演奏が少しでも霊感に満ちているなら、演奏について考えてはいないだろう。自分がどのようにやっているかを気にする「あなた」は、そこにいない。バスケットボールの試合で全力を尽くしているときも、同じである。考えていなくても、展開していることに意識をもって参与している。演奏中、音楽が反省に先立って自分を通って流れるとき、音楽と一つになる。そのあと、演奏が終わって初めて、それについて考える。音楽が思考に妨げられずに自分を通って流れるとき、その経験は反省に先立つものである。生きられる経験の流れから外へ出て、演奏のさまざまな側面について考えるとき、その経験は反省的である。

大学院生が山を駆け下りた経験を思い出してほしい。足をどこに置くか、転ばないためにどうするかを考えるほど、彼は転んだ。自分の経験について反省しすぎていたのである。しかし、考えることで自分を山から下りさせようとすることをやめた瞬間、彼は反省に先立って、自由に走っていることに気づいた。プロの運動選手が好んで言うように、彼はゾーンにいた。

反省に先立つ経験は、主体以前でもあり、客体以前でもある。反省へと向かう過程で、私たちは生きられる経験から自らを切り離し、反省に先立つ参与的な理解は、主体と客体へと分かれる。反省に先立つ経験は、主観的でも客観的でもない、感覚する身体の意識と方向づけの一形態であることに、注目してほしい。反省に先立つものと反省的なものとの区別は、心と呼ぶものにだけ当てはまるのではない。適切に考えれば、それは、感覚する身体も含む、私たちの存在全体の方向づけに当てはまる。

反省に先立つものと反省的なものとの区別は、哲学的な区別である。より広い区別であるため、意識と無意識という心理学的な区別を含んでいる。無意識とは、自己欺瞞か、解釈の技能の不足によって、反省のなかで、自分自身や他者に対して誤って解釈する、反省に先立つ経験の側面である。

議論のこの時点では、反省に先立つものと反省的なものとの区別が、二つの動きの形にどう当てはまるかは、おそらくすでに明らかだろう。一瞬一瞬の動きの自由な流れという、至るところにある経験は、反省に先立つ経験として適切に理解される。遂行の困難を調べることで明らかになった、二段階の動きは、反省的な経験の明確な例である。

誰が動くのか

私たちの多くは、日々のあまりにも多くを、あれこれ考えて過ごすため、ほぼ絶え間ない経験である、一瞬一瞬の、反省に先立つ動きの自由な流れを、すっかり見落としている。思考を伴わない動きをさらに深く掘り下げると、身体を動かす、持続する自己や実体は存在しないことも見いだすだろう。世界を進み、途中の障害や困難に対処しているとき、自分が身体を動かす者であることほど、確かなものはないように思える。しかし、身体を動かす者の居場所を探そうとしても、見つからない。それだけでなく、身体は物体ではないため、身体を動かすときに何をしているのかを明らかにすることにも、難しさがある。誰が身体を動かしているのかという問いを考えれば考えるほど、それは馬鹿げて見える。私が身体を動かす者であることが、これほど明白なのに、身体を動かす自己が存在しないなどということが、どうしてありうるのだろうか。探してみると、自分であると思っていた自己には、形も重さも、いる場所もない。しかし結局、私でないなら、動かす者は誰なのだろうか。

連続して自存する自己を見つけられないことに直面しても、身体を動かす連続した自己は存在しないという主張は、なおひどく直観に反するように思える。しかし、もう一度見てほしい。一瞬一瞬の動きの自由な流れという、反省に先立つ経験のどこにも、身体を動かす連続した自己という実体は見つからない。あるのは、感覚する身体の、反省に先立つ方向づけだけである。身体は十分に気づき、その世界の障害、喜び、困難を評価し、調整しながら進んでいく。動きを行う、別個の自存する自己はない。あるのは、能動的な、感覚する身体だけであり、そこでは意図と肉は切り離せず、動く意図と動く行為は、一つの同じ動きである。

動きの大半は、反省に先立つ水準で起こり、そこでは、動く意図と実際の動きは、一つの同じ行為として経験される。反省に先立つ水準では、反省する自己は働いていない。ただ、反省に先立って意識され、知性があり、目的をもつ動きだけがある。あとで、反省に先立って行っていたことを考えたり報告したりするとき、経験のなかに自己を取り込む。「私が動いた」と言い、反省する自己がずっとそこにいたと、誤って信じる。しかし、反省する自己が、反省に先立つ動きのなかに存在できないことは明らかである。

自己は連続したものでも、何らかの実体でもない。感覚する身体のあるところ以外に、自己には特定の場所がない。自己がそこに座り、身体を動かす、内側の制御中枢は存在しない。むしろ、身体は心と意図に満たされている。心と身体は、相互に排他的で、共約不可能な、存在論的な種類ではない。それらは互いに関わり合っている。反省に先立つ水準でさえ、共有された世界を進むとき、身体の方向づけと動きには、周囲への気づきが浸透している。

混乱を避けるために、自己についてのこの議論を終える前に、最後にもう一つ区別をしておこう。反省に先立つ経験を、さらに注意深く見て、その経験に、微妙な一体感があることに気づいてほしい。それは実体ではなく、連続してもいない。身体の一体性の、感じられる感覚である。それは、適切に見分けられることがめったになく、自己の感覚としばしば混同される。しかし、自己の存在を否定することは、活動や安らぎにおける身体の一体感を否定することではない。また、身体の一体性の、感じられる感覚は、身体を動かしうるような種類の現象ではないことにも、注目してほしい。

こうして、「誰が動くのか」という問いへの答えが、より明らかになる。「自己」が、連続して自存する実体を意味するなら、身体を動かす、そのようなものは存在しない。「自己」が、身体の一体性の、感じられる感覚を意味するなら、感じられる感覚は、自己という実体ではなく、それもまた現れては消える。最後に、自己によって意味するのが、経験を反省するときにだけ現れる、連続しない同一性の感覚だけなら、遂行の困難があるときや、動きについて考えているときに反省する自己が現れることが、動きのなかで自己が現れる主要なあり方である。それ以外には、感覚する身体を動かすことに、反省する自己が関わる余地は、ほとんどない。

反省的な思考によって、日々の活動をどのように構造化しているかは、容易に認識できる。しかし、日々の活動で、反省に先立つものが果たす役割には、ほとんど気づいていない。その結果、日常生活で常に働いている、身体の知性をほとんど完全に見落としている。身体を、自分が住む、手の込んだ物体として考えるため、考える身体や感覚する身体という考えは、思い浮かびもしない。しかし、感覚する身体は、反省的な思考に取り組むことも、自己という実体を前提とすることもなく、世界を評価し、調整しながら進むことができる。結局のところ、あなたは身体と別のものではない。そしてもちろん、身体を動かすのはあなたである。ただ、それは自己という実体や、何らかの連続した自己によってではない。

ドカーン!

身体を動かす自己という実体はないと認識することで、自己の存在に関する、仏教の根本的な洞察に到達したように思える。しかし、さらに注意深く見てみよう。ブッダの発見は、実際には、自己と世界の起源そのものへ、したがって、反省に先立つものと反省的なものの起源へと至る。そのため、反省に先立つ経験と、ブッダの経験は、同じではありえない。しかし、これから見るように、ときには、反省に先立って歩くという単純なことが、源のヌミノースな経験へと変容し、反省に先立つ活動が、自由への入り口となりうることを示す。

気づいているかどうかにかかわらず、私たちと、存在するものの総体は、常にゼロへ戻り、一つであることへと溶け込み、再び生まれている。通りをのんびり歩いていると想像してほしい。突然、何の前触れもなく、背後で車がバックファイアを起こす。ドカーン! 一瞬、あなたとそのドカーン、時間と空間、主体と客体が一つになる。ゼロでは、時間の経過を記録する自己はない。一体性と、妨げられない愛だけがある。そして、すべてが一つになったのと同じように突然、自己が再び現れ、今起こったことについて考え始める。「うわっ! 銃声かと思った。」

ドカーンとともに死に、復活したのと同じように、一日を通して、世界の物や人々と出会う、まさに最初の瞬間に、あなたは即座にそれらと一つになり、そして同じくらい素早く分かれる。通りを散歩していたとき、ときには反省に先立って、ときには反省的に方向づいていた。しかし、車がバックファイアを起こしたとき、自己や同一性のあらゆる感覚も、反省に先立つ世界も、一つであることと愛のなかに、ただ消えた。この活動を探しておらず、あまりにも素早く起こるため、私たちは通常、それを見落とす。

気づいているかどうかにかかわらず、何かに初めて出会うときも、同じである。たとえば、木を見る、まさに最初の瞬間に、あなたと木は一つになる。その結果、あなたと木とのあいだに距離も違いもなく、反省に先立つ方向づけも、反省的な方向づけもない。しかし、次の瞬間、自己が復活し、木の見事さについて述べるとき、あなたと木とのあいだに距離と違いが現れる。反省に先立って木を見ているときでさえ、あなたと木とのあいだには、なお距離と違いの感覚がある。しかし、ゼロに戻るとき、私たちは木と完全に一つであり、反省的なものも反省に先立つものも消え、距離も違いもない。

残念ながら、私たちは、すべてと一つになるあり方を、あまりにも容易に見失い、自己が、私たちの本質、中心、基礎である、持続する実体だと誤って信じる。自己を、持続する実体だと誤って知覚するのと同じように、身体や、存在するあらゆるものにも、持続する自存的な本性があると、誤って知覚する。

なぜ達磨は中国へ歩いていったのか

日常の、反省に先立つ動きを、瞑想の一形態として実践するとき、それはヌミノースなものへの道を開きうる。禅仏教は、教条的ではなく、身体に方向づけられ、実践に基づく修練であり、直接の経験によって確かめられることを重視するため、歩行瞑想を研究するのに理想的な実践である。禅は、長時間の瞑想をはじめ、いくつもの実践を含む、厳しい学びの道であり、その合間には歩行瞑想が行われる。日本の禅では、これは経行として知られている。

禅の実践は、実践者に、慰めとなる一組の信念や、現実の本質についての別の説明を与えるためにつくられているのではない。むしろ、自分自身の現実の直接的な経験に基づいて、人生の謎を解けるようにすることで、説明に代わるものを差し出すためにつくられている。[2] ある意味で、実践者は、物事が真にあるあり方と、そのすべてのなかでの自らの位置に目覚めるのである。

歩行瞑想には、多くの実際的な恩恵がある。禅の集中修行は通常7日間で、しばしば午前3時に始まり、午後9時か10時ごろに終わる。この厳しい日程を数日続けると、脚や背中、その他の構造が、痛んだり、痙攣したり、固着したりし始めることがある。歩くことは、こうした問題を緩和したり改善したりするのに役立つ。また、腰の関節、すなわち腰椎と仙腸関節を、動きやすく、痛みのない状態に保つのにも役立つ。しかし、歩行瞑想の、より重要な目的の一つは、坐禅の経験を行為のなかへ、ヌミノースなものを動きのなかへともたらすことである。

歩くことを通して自由が現れるあり方を理解するために、第二の、ためらいがちな一歩を踏み出すべく、私たちの勇敢な大学院生に、それが5年後にどう現れたかを見てみよう。彼は、骨の折れる研究の時期を経て博士号を取得し、その後、禅を学ぶようになった。彼の第二の、歩行瞑想の経験は、最初の、山を駆け下りた経験よりも、ヌミノースなものに私たちを近づけてくれる。

禅の歩行

25時間の移動と、眠れない飛行機の旅のあと、私は午前7時に日本に到着し、疲れ果てていた。親しい友人が迎えに来てくれていた。東京中を回って用事を済ませる必要があり、友人の家に着いたのは、その夜遅くだった。旅のあと、あまりにも消耗していて、もう口から言葉を出せなかった。完全に疲れ切って、ベッドに倒れ込んだ。

翌日は休み、その次の日、初めての禅の集中修行へと出かけた。厳しい旅の疲れはまだかなり残っており、7日間、午前3時に起きることを考えると、いくぶん心配だった。修行は、想像していた以上に困難だった。脚を組んで坐ることによる脚の痛みは激しく、起きているだけで精いっぱいだった。

歩行瞑想でさえ、私には難しかった。この寺では、すべての参加者に草履を支給し、歩行瞑想のときと、寺のなかを歩くときには、それを履かなければならなかった。不運なことに、いちばん大きなものでも、私の足の半分の大きさしかなかった。それで歩くことは、かなり痛く、不格好だった。その結果、経行の列と足並みをそろえるのに苦労した。疲れ果て、痛みを感じながら、私は続けた。

3日目の朝、歩行瞑想の最中に、静かに、何の前触れもなく、自分のなかで何かが変わった。その瞬間まで、私は、完全に抑圧的な空間に閉じ込められ、数々の痛みや感情的なトラウマを背負い、まともに目を開けていられないほど疲れ切っているように感じていた。すると突然、すっかり目が覚め、完全に帰るべきところにいるように感じた。重荷がなく、生き生きとして、穏やかな明晰さに満たされ、想像できるかぎり最も柔らかく、最も広がりがあり、最も心のこもったエネルギーの広がりを、ゆったり味わっていた。人生で初めて、自由だと感じた。心は、空の大いなる広がりのようだった。意識は、もはや思考に支配されていなかった。歩いている私はいなかった。はるかに大きな何かが引き継ぎ、歩いているようだった。ただ歩くという行為に、私はうっとりしていた。私は歩いていたのではない。歩かされていた。日々の生活で、この歩き方をどうして見過ごしてきたのだろうか。ジョギング中の似た経験を思い出した。しかしそれは、今経験している自由と比べれば、何でもなかった。

自己の固着から自由になって歩くことは、それまで経験したなかで最も心地よい自由の感覚をもたらした。一瞬一瞬、一歩一歩、「ここ、内側」と「そこ、外側」は、同じ「ここ」だった。一歩、また一歩、存在のあらゆる水準で、すべての心配や苦しみから自由に、私は歩かされていた。明晰で明るく感じた。まるで存在全体が深く洗い清められ、そのあと、想像できるかぎり最大の自由の感覚に満たされたかのようだった。休憩中に休む代わりに、それ以降のすべての休憩時間を歩行瞑想に使い、歩かされることに身を委ねて運ばれた。今や、どこを歩いても足元には美があり、どこを歩いても、心は歌った。

彼の第二の、ヌミノースなものの経験は、少し深くなり、歩くという日常的な活動が、自由のヌミノースな経験へと変容しうることを、劇的に示した。彼には、疲れ果て、もう限界という状態で修行を始めたことが、有利に働いた。修行は彼を限界の向こうへ押し出した。彼は、もうできなくなるまで持ちこたえ、そのあと、ただ手放し、限られた人間としての視点を委ね、帰郷した。

いつも起こっていることの驚異に、目覚めることは可能である。ただし、日常の歩き方に、あまりにも完全に身を委ねることで、物事の真のあり方が、日常のなかで現前するあり方を知覚するならば。この自由は、反省に先立つ行為だけでは見つからない。しかし、繰り返し見てきたように、反省に先立つ行為は、ヌミノースなものへの入り口となりうる。反省に先立つ行為に完全に身を委ねるなら、歩くという単純な行為のなかで、源のヌミノースな活動と一つになったときに現れる、限りない自由と、妨げられない愛を知ることができる。十分には理解されていない仕方で、物事が実際にどうあるかへの、同様の目覚めは、全体性を重視する徒手療法を通しても起こりうる。

物事が真にあるあり方に目覚め、そのすべてのなかに自らの位置を見いだすとき、その人は、宇宙に浸透する愛を知る能力を育てる。源の活動を知るようになるのは、それを信じているからでも、それについての理論をもつからでもなく、直接に経験するからである。この種の知は、人を自由にする。その結果、身体を生きることの性質を、ますます深く現すにつれて、日常生活は、いっそう帰郷のようになる。

このように自由を身体をもって生きるクライアントは、似た性質を示す。垂直と水平の時空間的な場を中心に組織されている。十分な現前とユーモアをもって、世界に出会える。通常、優美さ、容易さ、目的をもって動く。けがや障害があっても、自分自身とくつろいでおり、自分が誰であるかを知っている。流動的で協調した動きは、大地に根づき、持ち上がり、重力のなかで統合されていることの表現である。こうしたクライアントの多くは、慈悲に満ちた、明晰で動じない落ち着きも育て、表す。

徒手療法は、肉の棘を取り除き、その人全体と環境との関係を適切にできるため、一部の人々を、ヌミノースなものへと開くことができる。この可能性を示すために、いくつかの異なる徒手療法のセッションの結果を見てみよう。最初の例は、私たちの、博士号をもつ禅の修行者が、ロルフィングを受けていたときのものである。コロラドの壮大な吹雪のあと、ある晩、彼は、非常に創造的なロルフ・ムーブメントの施術者であり、ロルファーでもある人から、徒手療法のセッションを受けた。

雪のなかを歩き回る

セッションが始まるとすぐに、ロルファーは、私の脚、とくに足に、何か奇妙なことがあると気づいた。大地に接触していないことに関わる何かだった。彼女は、卓越した手技の技能に、私の呼吸への精緻な注意を組み合わせ、脚が身体を、まったく努力のいらないように思える容易さで支える状態を、つくり出してくれた。「これは誰の脚だろう?」と、私は心のなかで思った。そして突然、足に気づいた。二つの柔らかな足裏が、大地へ穏やかにつながっているようで、すばらしく感じられた。目には見えなくても、はっきり感じられる力によって支えられ、活力を与えられている感じがした。私はロルフィングを受け始めたばかりなので、彼女が何を、どうしたのかは、よくわからない。しかし、セッションが半分ほど進むころには、私は広がりがあり、生き生きとしていた。背高く立ち、幸せで、大地に根づいていた。彼女は、重力のなかで私の配列を整えただけでなく、周囲と調和するようにしてくれた。山を駆け下り、歩行瞑想をしたときに感じた、馴染み深い自由、軽さ、開かれた心を、再び経験していた。

洗い清められ、重荷から自由になり、すべてを愛していると感じながら、セッションを後にした。吹雪は収まっていたが、降り積もった雪の量はすさまじかった。深い雪のなかを歩くときの、脚と足の感じに、あまりにも興奮したので、笑い続けながら、何時間も歩き回り、走り、転び、跳んだ。翌朝は、筋肉痛とこわばりで、ぐったりして目が覚めた。本当にやりすぎた。しかし驚いたことに、私はまだ幸せで、心もまだ開かれていた。そうそう……足のことを、あのすばらしい足のことを、忘れかけていた……なんという贈り物だろう!

最後の二つの例は、さらに別の側面を示してくれる。

ピーター――ここにいること

ピーターは背が高く、手足が長く、かなり細身の男性だった。話し方は洗練されており、高い教育を受けていることは明らかだった。姿勢の悪さを気にしていて、上級ロルフィングによって変化が得られることを望んでいた。本格的な脊柱側弯症ではなかったが、脊柱には多くの異常なパターンと弯曲が見られ、胸郭の形にも影響していた。そしてこれらの形は、重力のなかで立ち、バランスをとるあり方とともに、世界へと方向づき、世界から呼びかけられるあり方を表していた。施術を進めるなかで、彼は自分の物語を話してくれた。自己発見と、新たな帰属の感覚への目覚めの、長い旅である。以下は、彼の物語を、できるかぎり正確に語ろうとした、私たちの共同の試みである。

ピーターは55歳の誕生日の直後に、私の施術を求めた。さまざまな徒手療法と精神分析の経験は40年以上に及び、はっきり異なる二つの時期からなっていた。第一の時期は、1970年代後半、コロラド大学の学部生だったとき、従来の10回のセッションからなるロルフィングの手順を受けることから始まった。第二の時期は、2009年、私から最初のセッションを受けたときに始まった。それ以来、私からおよそ20回のセッションを受けている。ロルフィングに情熱をもち、その熱意が衰えることはなかった。

大学を卒業したあと、私生活で深刻な激変を経験した。経済的に苦しい状態にあり、方向のない生活に浸るままになって、人生は、どうすることもできず停滞した。二つの時期のあいだ、非常に暗く困難な時期を過ごした。この長い「魂の暗夜」のあいだ、ロルフィングを受ける余裕は、ときどきあるだけだった。時がたつにつれ、自己を損なう虚無主義的な世界観、停滞、方向のなさ、資源の不足は、すべて、自分の世界に出会えないことと結びついていると、ゆっくり気づき始めた。ロルファーの眼には、これらの問題は、感覚する身体のなかに見えた。統合の欠如を形づくる身体のあり方は、圧倒され、理解できないと感じる世界から、心理生物学的に退くあり方に現れていた。

ピーターは、姿勢の不均衡、異常な動きのパターン、機能不全のある子ども時代、抑圧が、広く行き渡る存在論的な不安と、身体を生きることへの根本的な両価性に、どのように寄与しているかを、痛切に意識していた。また、生涯にわたるバランスと協調した動きの欠如が、孤立と内省への傾向をもたらし、子ども時代の後半の過度な体重増加によって、それがさらに悪化したと確信していた。

彼が初めてロルフィングに出会ったのは、1970年代後半のボルダーを特徴づけた、自己実現をめぐる温室のような熱気のなかだった。ピーターは、身体と世界から疎外され、隔てられているという持続的な感覚を抱えながらも、よく適応した外見を保とうと絶えず努めていたことを、つらそうに思い出した。結局、勉強もパーティーも、ほんとうの自分として行うことができなかった。卒業後は、永遠の大学院生のような生活に陥った。いくつもの研究奨学金の申し出を受けたが、慣れた環境の外で機能する能力に自信がなく、受けるのを延期した。編集助手として苦労して働きながら、精神分析、分析心理学、東洋哲学、とくに仏教に没頭した。さまざまな独自の瞑想グループに参加したが、それらはしばしば、かなりの心理的な葛藤を生み出した。瞑想の教師の一人は、エゴを手放すという名目で、すべての自律性を放棄し、疑問をもたずに教師に従うことを要求した。さらに5、6年間、自分に納得できる霊的な道を探し続けたが、無駄だった。また別の大学院課程を始めて中断したあと、ついに、評価の高い大学の大学院課程に落ち着いた。ほぼ10年間、大学運営に関わる別の職業を追求しながら、授業の課題とのバランスをとろうとしたが、うまくいかなかった。

ピーターの最初のロルファーは、怒りを抱えた反知性主義者で、カウンターカルチャーの擁護者を自称し、ピーターの知的な取り組みへの軽蔑を隠そうともしなかった。ピーターはこう言った。「身体療法の施術者が、クライアントにこれほど陰険に、罪悪感、両価的な気持ち、抑制を負わせることができるというのは、皮肉です……。」しかし、その施術者は実際にそれらを負わせ、ピーターは、自分の意に反して、そのロルファーの否定性を取り込んだ。私から最初のセッションを受けるまで、その間の年月を、その取り込みを抱えて過ごした。最初のロルフィングのセッションについて話してくれたとき、私はすぐに、それから彼を解放しようと働きかけた。そのロルファーが残した否定性のすべてから、ついに自由になると、彼はただちに、姿勢によい変化が起こったと気づいた。最後に、私はこう付け加えた。「反知性主義は、筋の通らない見方なんです。反知性主義者は、自分の知性を知性そのものに向けて攻撃する、知識人なのです。」

反知性主義の療法家の施術を経験したあと、あるとき、別の徒手療法家から一度だけセッションを受けた。その結果、ピーターは感情的に非常に傷つきやすい状態になり、1週間以上にわたって、何時間も続けて、抑えられずに泣き、痙攣した。大丈夫になるという、たったひと言の安心できる言葉か、何が起こっているのかの説明を求め、何度もその徒手療法家に電話で連絡しようとしたが、拒まれるばかりだった。

ピーターは、私から受けた上級ロルフィングが、人生を変えるものになったと報告している。誇張するつもりはまったくなく、各セッション後に経験する、新たに改善された対称性、協調性、落ち着きの感覚は、「夢がかなった」ものだと話す。最初の一回のあとだけでも、世界との関わりを妨げ、意味のある人間関係に参与しようとする、最も基本的な人間としての衝動を阻んでいた、身体的な制約と機能不全のパターンから、解放されているのを感じることができた。ついに、努力せずに人と付き合う能力を得たことを、うれしく発見した。彼の言葉では、友人や同僚のなかで「一緒に気楽に過ごし」、「普通の男」でいられるということである。その後の一回一回のセッションは、バランスと秩序の感覚をさらに確かなものにした。この確かさによって、人とのやり取りが、ますます努力のいらないものになった。

統合の改善は、ピーターの動きに、さらに流動性、容易さ、自信をもたらした。彼は、新たな活力の感覚を経験していると話す。それによって、「ばらばらになる」恐れを感じずに、他者と競うことを楽しめるようになった。身体的な努力を必要とする計画や仕事に取りかかることがますます増え、扱いにくくなっても、放棄することがずっと少なくなったと述べている。

既存の知識から推論を広げ、会話を持続する能力、すなわち「その場で即座に考える」能力が劇的に向上したと、彼は話す。また、注意と集中を長く保つ新たな能力によって、学問に、いっそうの微妙さと深さがもたらされた。意見が一致しない場面で「自分の立場を守る」ことが増え、複雑な対人関係のやり取りを、よりよく調整できるようになった。不要な衝突を避けるのが巧みになった。先延ばしが減り、ためらいや過度な熟慮なしに、簡単な仕事を成し遂げていることに気づく。より自発的で創造的だと感じ、複数の仕事を同時に扱うこともうまくなった。彼はそれを、広帯域接続が拡張されたことにたとえる。ユーモアの感覚までよくなり、眠りもよくなったと話す。また、ずっと望んでいた種類の仕事も実現できた。その結果、職業人生は、もはや希望のない死の螺旋のなかにはない。

ピーターが報告する、身体的、心理的、認知的、感情的、霊的な機能の改善の広がりは、全体性を重視する徒手療法の、変容をもたらす力の、驚くべき証言である。その力は、比喩的に言えば、メタ・ソマトーシス、すなわち、生きられる身体を高めることで、その人全体を高めることを引き起こす、内在的な錬金術の潜在能力と呼べるかもしれない。

最後の例を示そう。

光のトンネル

私の場合、ロルフィングを受けに来たときの身体は、うまくいかない結婚、恨みに満ちた離婚、いくつかの職業上の危機、そして7年前の、命を落としかけた自動車事故に耐えてきたものだった。身体は、慢性的な副鼻腔の不調、しつこい背中の痛み、ときどき肩にわたって起こる筋肉の痙攣によって、これらのことを雄弁に語っていた。より微妙な水準では、持続する飲み込みにくさ、心臓のあたりで一瞬ひらめく不安、うんざりするほど定期的にひく風邪もあった。それでも、私は自分がかなり健康だという信念を抱いていた。つまり、身体の声を聞いていなかったのである。身体の声は、聞く耳をもたない私には届かなかった。身体が伝える不均衡のメッセージを、知性が常に押しのけていた。

振り返ると、同時代の多くの人々と同じように、私は身体を知らず、十分には信頼せず、そして確かに、そのなかで生きていなかったのだと、わかってきた。私はほとんど知性だけであり、自分が低く評価している系のなかに住んでいた。身体は、放置することによって価値を下げられ、尊重されていなかった。

一人ひとりの身体には、その生涯の、感情的な設計図と霊的な地図が含まれているように思える。ある目標や原理が、時をかけて形をとり、形づくられる肉体の姿に表現される。したがって、身体に働きかけることは、過去、現在、未来に同時に触れることである。かつてあった人生の記憶と、これから来る人生の夢が、ロルファーの指先で、切なげに踊る。ときには、組織に触れ、変化が生じるにつれ、感情の波が渦を巻き、あふれる。ロルファーの手のなかには、一人の人間の身体に収められた宇宙がある。一つひとつの細胞が、エネルギー、リズム、感覚からなる生命力とともに脈打つ。このような仕事は神聖であり、古代の時代に記録された、聖典や歴史の奇跡と同じほど聖なるものである。ここ、この身体に、神と、霊と、一つであることが宿るからである。

ある長いセッションで、白い柱のような、管状の、光のトンネルが、内側から生じ、頭から外へ出て、私の向こうへ、さらに遠くへと広がるのを見たとき、私はその知に備えていなかった。それは、空へと届こうとしているかのように、ますます高く漂い、その間ずっと、肉体の自分から、努力なく伸び、広大な、目に見えないものへと私をつないでいた。私はそれを自分の「聖霊」と名づけ、それまでに感じたことのないほどの平安と高揚を感じた。当時も今も、それは、以前には表現を阻まれていたエネルギーが解放されることから、自発的に生じた、統一されたヴィジョンであったと感じている。トラウマと記憶につながれた身体に閉じ込められ、この知は身体のなかの囚人となり、意識から隔てられていた。ひとたび解放されると、それは穏やかに脈打ち、時のないところへと、喜びに満ちた、舞い上がる踊りを踊った。そのヴィジョンとともに、現実と、生涯と、存在の、一体性と恩寵の感覚がやってきた。そのヴィジョンによって、虚無への恐れと、うずくような不安が去った。今や、目的のあることが知られ、受け入れられているからである。

ロルファーは、身体にある霊の通り道として働き、それが、ロルフィングを受ける人の人生の道筋と目標に沿うようにする。エネルギーが自由に流れるよう、表現の手段を回復し、制限するつながりを断ち、筋肉の水準でのきつい拘束を緩め、軽さを生み出すために働く。私はこの軽さを、多くの水準で感じる。動くときの身体の感覚において、感じる状態の深さに恵まれていると感じる感情において、そして、自分の経験の世界の、より真の現実のヴィジョンを捉える、霊的な水準において。私は軽く、さらに軽く、軽さそのものである。

ロルフィングは変容の過程であり、私はその経験によって変わった。世界をいっそう鋭く感じるだけでなく、より豊かに思い描くようにもなった。誠実さや欺瞞のようなことについての感覚が強まった。私たちの大半が、ただ生き延びるために耐えている、日々の愚かな幻想の踊りに、以前ほど容易には耐えられない。「何とか間に合わせる」ことを受け入れる気持ちを後にして、今や真に限りないと知った自己を広げたいという欲求に置き換えることになるのではないかと思う!

心は身体全体に存在すると、私は信じている。私たちは脳だけでなく、自分全体で考える。私たちはエネルギーの場であり、生き、呼吸する宇宙である。その驚異は、奇跡への感覚で私を満たす。今、私は、新たな洞察から生まれた魅了とともに、身体を生きている。全体である人間としての自分を、感謝する心で敬う。以前の生き方では、ほのめかされるだけだった、超越する自己を見いだした。

未来は私のなかで自らを開いていく。過去は今、現在の自分と、より仲よく共存している。統合は続いており、霊としての自己は、心とハートと結ばれた。それは喜びに満ちた結びつきである![3]

結論

ヌミノースなものへの探究は、反省に先立つものとヌミノースなものとの違いを示してくれた。歩行が妨げられず、反省に先立つものであるとき、経験する自由は、帰郷で経験するものに似ているように思える。しかし、そう見えるだけである。反省に先立つ意識は、日常の動き方の核心に生きる自由の可能性を覆い隠すほど、感情に圧倒されうることに注目してほしい。極端な例でこの点を示すために、反省に先立ってパラノイアを感じることから逃れられない、妄想的な人の苦境を考えてみよう。ヌミノースなものは、反省に先立つものに限られない。それは、反省に先立つものと反省的なものとの区別より前にある。そして、圧倒されることはない。

一人で歩いていても、他者と歩いていても、街のなかでも、山道を歩いていても、ただ歩かされる代わりに、私たちは、尽きない関心、考え、計画、心配、予想、とりとめのない思考に占められていることに気づく。しばしば、思考や関心の流れにあまりにも捉えられ、一つひとつの動きが、妨げられずに次へと流れるなかで、完全な自由をもって動いているという事実さえ、ほとんど認識しない。気づいているかどうかにかかわらず、一瞬一瞬、一歩また一歩、一つの動きから別の動きへの自由な流れのなかで、私たちは、存在するものの総体とともに、現れては消え、死んでは復活している。

[1] トーマス・W・マイヤーズ『アナトミー・トレイン――徒手療法家とムーブメント療法家のための筋膜経線』第3版(ニューヨーク:チャーチル・リヴィングストン、2014年)、31頁。

[2] 説明に代わるものを差し出すという考えは、アンリ・ボルトフトによる、ゲーテの質的な自然科学の解説に由来する。禅の実践の本質についての重要な点を示すために、私は彼の表現を自分のものとして用いた。そうすることで、もとの意味を変えたかもしれない。『自然の全体性――自然への意識的な参与の科学に向かうゲーテの道』(ニューヨーク:リンディスファーン・プレス、1996年)を参照。

[3] ジェフリー・メイトランド『広がりのある身体』(バークレー:ノース・アトランティック・ブックス、1995年)、63頁。

07 / SYMPTOMS

記事7症状について

第12章

徒手療法の詩学

徒手療法の実践、哲学、メタ理論について、これだけ議論してきたあとで、この最後の章を、仕事をしているときの徒手療法家の経験に目を向けることに使うのは、有益で、理解を深めるものになるかもしれない。徒手療法家が人々を助けたいと願い、機能を取り戻し、痛みを和らげ、ときには、適切である場合に、ヌミノースなものへの入り口を差し出したいと願うことは、言うまでもない。しかし、私が問うているのは、仕事を行うとき、それが徒手療法家にとって、どのようなものなのかということである。自分の仕事を愛している、熟練した徒手療法家を見るとき、その人にとって、仕事をする経験はどのようなものなのだろうか。徒手療法という仕事を体得するとは、どういう意味なのだろうか。

体得すること

何かを本当に体得するとき、感覚する身体が、それを体得する。冗談がわかると心身全体が笑いに捉えられ、霊感に満ちた音楽の演奏を聴くと涙を誘われるのと同じように、徒手療法を体得すると、自分であるものの全体が、理解に捉えられる。身体が何の影響も受けないなら、おそらく体得していないのである。徒手療法家であることを体得するときも、理解に捉えられる。身体を変容させることで人生を変容させる、実践的な、身体の知なのである。感覚する身体は、驚くほど鋭い実践知をもち、それが、深い自由の感覚と、何かもっと大きなものが自分を通して働いているという感覚で、自分を満たす。概念、多くの学び、多くの懸命な取り組みなしには、この水準の理解を現すことはできない。この種の知は、概念と訓練によって形づくられうるが、最終的には概念だけから生じるものではない。反省的な思考で容易に捉えられる種類の実践知ではない。それは、行うことによって知る、広範な実践的技能の集まりである。しばしば、詩の言葉によって最もよく表現される。

程度の差はあれ、大半の徒手療法家は、クライアントに働きかけるとき、このような霊感に満ちた自由を経験している。通常、とくに仕事を始めた初期には、強さや深さをさまざまに変えながら、ときどきセッションに現れる。しかし、徒手療法を体得することの輪郭を、本当に探究したいなら、それが最も明確に現れるところで探究しなければならない。仕事が、技法を適用したり手順に従ったりするだけのものよりも、霊感に満ちた音楽の演奏に近くなる、すべてを包み込む創造的な瞬間においてである。そのような壮大な瞬間には、仕事の理解が、驚くほど明晰な意図を伴って展開し、あらゆる介入が、努力なく最大の効果を達成し、しばしば息をのむほどになる。[1]

「体得すること」の例を見る前に、この経験の輪郭をより明確に示してくれると期待できるために、霊感に満ちた仕事が、極度に、全面的に現れる場合を見ているのだと、念を押しておこう。霊感に満ちた仕事の、このすばらしい瞬間は、現れては去っていく。徒手療法家として30年の経験があっても、30日の経験であっても、日々の実践におけるその強さには、大きな幅がある。私は、一つの点を示すために、これらの極端な例を用いている。セッションが、ここで論じる全面的で極端な状態を示すときにだけ、よい仕事をしていると言っているのではない。

武道家のピーター・ラルストンは、体得するときに起こることの一側面を示す出来事を語っている。柔道を学んでいたとき、道場が開いている時間よりも長く練習したかった。頭のなかで投げ技を練習するという考えを思いつき、この問題を解決した。頭のなかと畳の上で練習するうち、驚くべきことを発見した。「ある晩、座って、頭のなかで投げ技に取り組んでいたとき、一瞬にして、ただ柔道を『体得』した。それが何であるかを体得した……柔道の創始者、嘉納治五郎が何を考えていたかを理解した。柔道は、容易であるはずだったのだ! 突然、『柔道』を探して、技を次から次へと学ぶ必要がなくなった。新たな理解から、技をつくり出すことができた。心の訓練で成功を収めたあとでも、信じがたく思えたが、この洞察の力は、能力がただちに変わったことで証明された。一晩で、私は柔道がうまくなった。」[2] 彼は、突然体得するまで、イメージによる練習と実際の柔道を、勤勉に、絶えず続けた。柔道を体得したまさにその瞬間、能力は即座に高まり、彼は、生き、呼吸する柔道の現れとなった。考える自己を手放し、感覚する身体の知性に身を委ねることができた。

突然、彼は、柔道を練習し、理解するだけの人ではなく、柔道そのものを身体をもって体現する者となった。柔道を探して技を次から次へと学ぶ必要はなかった、と述べていることに注目してほしい。柔道を体得したため、新たな身体の理解と知覚から、その場の状況に正確に対処するようにつくられた、創造的な新しい技を発見できた。新たな技をつくることが可能になったのは、柔道についての、実践的な、身体全体の理解へと移行したからである。

同様に、徒手療法を体得した療法家は、全体性を見渡して見ることを探究すると、定型的な手順に依存しない、創造的な働き方が生まれることに気づく。新たな理解から、新たな技法、新たな見方、新たな手技のあり方、そして、果てしないように思える、さまざまな介入の仕方をつくり出す。その間ずっと、セッションは、ますますクライアント個々の必要に応じたものとなり、外的な基準や手順に忠実であることは、ますます小さな問題になる。療法家が体得すると、落ち着かず、自己批判的に考える心によって、セッションが脇道へそれることはない。

よりよい徒手療法家になる。手を使う技能と、知覚の活力の両方が高まる。もはや決まった処方に縛られず、しばしば、より少ない努力で、よりよい変化を得て、クライアントの歪みのパターンがどこにあるかを、より明確に、全体的に見て、クライアントの必要に応じた新たな技法をつくり出す。驚くことに、これまでとまったく同じ技法と治療戦略を使っても、よりよい結果を得る。

体得することは、一度きりのことではない。体得するとは、仕事の生涯を通して発達し、進化するにつれ、一度だけでなく、何度も繰り返し、この種の理解に捉えられなければならないということである。そのとき、手技の技能と、それに伴う巧みな見る技能の、生き、呼吸する現れとなる。

体得することをさらに豊かに理解するために、次は、偉大な道家の哲学者、荘子に目を向ける。以下は、荘子の「牛を解体する」の、敬意を保ちながら、少し変更した版である。私が「ロルフィングSIの道」をつくるもとにした「牛を解体する」の版は、トマス・マートンの『荘子の道』に収められている。[3] もとの物語は、道を生きる料理人についてのものである。私は、道を生きるロルファーの物語にするため、いくつかの要所で文章を変えた。考えてみると、驚くほど少ない変更で済んだ。この物語は、最初、「ロルフィングSIの道」という題で発表された。[4]

ロルフィングSIの道

ジョンのロルファーが 聴衆のなかから志願した人に、その技を披露していた。 手が伸び、 肩が下がり、 彼は足を踏み据え、 指は肉と一つになり、 志願者の身体は震え、 柔らかくなり、長くなり、 突然、統合され、くつろいだ。 ささやくように、 彼の指は肉とともに脈打った。 それは穏やかなそよ風のよう。 リズム! 間合い! 神聖な舞のように、 「桑林」のように、 古の調べのように!

「見事だ!」とジョンは叫んだ。 「君の方法には、非の打ちどころがない!」 「方法ですか?」とロルファーは言った。 手はまだ志願者に触れたまま。 「私が従うのは、ロルフィングSIの道、 あらゆる方法を超えたものです!

「初めて ロルフィングを始めたころ、目の前には 身体全体が 一つの塊として見えました。 3年たつと、 もうこの塊は見えませんでした。 部分を区別するようになったのです。 しかし今は、何も見ません、 眼では。私の存在全体が 捉えるのです。 感覚は休んでいます。精神は、 決まった処方なしに自由に働き、 自らの本能に従います。 自然なパリントニックの線に導かれ、 ひそかな開き、隠れた空間に導かれ、 手が、自ら道を見いだします。 過度な力は使わず、骨をこすりません。

腕のよいボディワーカーには、休暇が必要です、 年に一度。大変な努力をして働き、 大きな胼胝ができます。 腕の悪いボディワーカーには、休暇が必要です、 毎月。汗をかきながら筋膜を押しつぶすのです、 腫れた手で。 私はボディワーカーではありません。 そして、このようにロルフィングをして19年になります。 手は 何千人もの人に触れてきました。 それでも、柔らかく、しなやかです、 赤ん坊の手のように。 痛みも不調も、決して感じません。

身体には空間があります。 指は太くも、細くもなれます。 この巧みさが その空間を見つけると、 必要なだけの余地が、すべてあるのです! そよ風のように進みます! だから、このようにロルフィングをして19年、 胼胝も、いかなる努力もありません。

「確かに、ときには、 手ごわい組織もあります。その訪れを感じると、 速度を落とし、注意深く見て、 控え、手をほとんど動かしません。 すると、すうっと! 何かが開き、道を譲ります、 川のように穏やかに流れながら。

「それから、手を離し、 静かに立ち、 仕事の喜びが 深くしみ込むに任せます。手を洗い、 仕事は終わります。」

ジョンは言った。「これだ。 私のロルファーが示してくれた、 私自身の人生を、 どう生きればよいのかを!」

荘子の物語は、存在全体をもって体得し、身をもって「……私自身の人生を、どう生きればよいのか」を示す施術者の、すばらしい記述である。そこには、ラルストンの説明や、山を駆け下りた経験、歩行瞑想の経験との類似が見える。大半の場合、存在全体をもって体得する経験は、徒手療法、柔道、牛の解体、歩行瞑想、音楽の演奏の、どれについて語っていても同じである。活動ごとに、目標と、それに達する手順は異なるため、行われ方が同じでないことは明らかである。しかし、努力のいらない自由の経験は、あらゆる霊感の形に共通している。

ラルストンの経験と同じように、道を生きるロルファーは、定型的な手順に制約されず、考える自己の干渉に対処する必要もなく、一人ひとりの独自の構造が求めるものに、非の打ちどころなく、創造的に働きかけることができた。このように働けたのは、それが、自らの実践を生きることから、完全に、十分に流れ出ていたからである。クライアントと一つになれるほど自由だったため、手は空間を見つけ、つくり出すことに巧みになり、手ごわい組織が、努力なく自らを解放することを可能にした。

もはや身体を、部分の集まりとして知覚しない。本能的に、全体性を見渡して知覚する。今や、症状を、より大きなパターンの変化として見て、主要な歪みのパターンを、関係的な、不均衡のある全体として見る。以前は、直接の筋肉の努力と意志によって働いていたが、今は身体全体で、努力なく働き、手が、身体に可能な種類の変化のための空間を、許すことができると気づく。その結果、秩序は自然に、必然的に現れる。新たな方向づけによって、クライアントに手を置く前でさえ、ただそこにいることだけで、しばしば変化を始めるのに十分となる。反省に先立って、身体の実践知の蓄えに接することで、何かが自分を通して働き、変化の余地をつくっているように感じる。詩が自らを書いていく詩人のようになったのである。

最も興味深いのは、ラルストンが自分の説明では見落とした、ある経験を、彼が報告していることである。それは、五感を含みながら、それを超える、高められた知覚能力である。道を生きるロルファーは、仕事を始めたころ、身体全体を一つの塊として見ていたと述べる。その後、3年たつと、もはや塊を見なくなった。代わりに、区別と部分を見た。すべての感覚の知覚の活力が大いに高まっているにもかかわらず、今は眼では何も見ない。存在全体が捉えるからである。彼は、その技に長年身を捧げた多くの施術者が発見することを、発見した。存在全体が、感覚の場なのである。より全体的に知覚し、より明晰に、正確に働けるだけでなく、知覚する能力は五感を超え、身体とエネルギーで知覚できることに気づく。その結果、第2章の評価のカテゴリーによって示された、秩序を妨げるものの、多くの水準に効果的に働きかけられる。反省的な意識に取り上げる前でさえ、感覚する身体は、間違いのない正確さで、クライアントのどこに、どう働きかけるべきかを、しばしば知っている。

感覚する身体の実践知

徒手療法を体得することは、身体の実践知の蓄えに接することである。行為における、この種の自由を垣間見るために、柔道を体得したあとで試合をするとは、どのようなものかを想像してほしい。試合中、どう動くか、相手の動きにどう対抗するかを考えてはいないだろう。むしろ、過度な計画や思考によって、一つの動きから次への流れを断つことなく、すべての正しい選択を行い、完全な自由をもって、努力なく動いていることに気づくだろう。霊感に満ちた徒手療法家、霊感に満ちた音楽家、霊感に満ちた料理人にも、同じことが当てはまる。あらゆる動きは、動く意図と実際の動きが、一つの同じ行為として経験されるところで起こる。

一つの動きから次への、この自由な流れは、第11章で見たように、何をするかを計画し、身体を動かそうと意志し、それから動かすことではない。むしろ、柔道の試合中には、努力なく、反省に先立って意識され、知性があり、目的をもつ、相手を投げ、相手の動きに対抗することだけがある。あとで、反省に先立って行っていたことを報告するとき、それを反省的な意識へと取り上げ、考える。しかし、それについて考えた瞬間、一つの動きから次への、見事な自由な流れは消える。

柔道の投げ技、徒手療法、楽器の演奏の、どれを考えても、動き、行為する、この知性的で努力のいらない自由が起こるのは、自分がしていることに注意を向けていないときだけである。この状態では、反省的な意図は働いておらず、妨げになる、考える自己もいない。新しい投げ技を学んでいるときや、けがのあとで動こうと苦労しているときを除けば、通常、反省的に動こうと意図し、それから動くことはない。柔道の達人なら、一つひとつの動きが自由に次へと流れる、白熱した試合のなかで、あらゆる動きが、柔道の存在の、反省に先立つ理解の現れとなるだろう。行為は、体得したことの語りであり、柔道の存在の言葉は、動き方に見いだされる。誰かが、ある実践の存在を体得し、その言葉を語っているかを知りたいなら、その人が動くのを見ればよい。

相手も柔道を体得しているなら、自分の行為についての、ほんのわずかな思考が、敗因になりうる。自分がしていることに注意を向ければ、自由に流れる動きに隙間が生まれ、相手は、その弱点を即座に感じ取るだろう。そして同じくらい素早く、相手はあなたを畳へと叩きつけ、あなたは確実に負けるだろう。

同様に、熟練した徒手療法家は、反省する自己を手放し、反省に先立つ身体の実践知に、何をする必要があるかを示させ、そのあと適切な手技を行うことで、身を引く方法を知っている。身体全体の理解から、努力なく、一つの手技が自由に次へと流れる。知性的でありながら、自分がしていることを反省せずにはいられない衝動も、自分の行為を表象的な思考で捉える必要もない。

結論

西洋世界が2,500年以上にわたって身体を否定してきたという事実は、感覚する身体の知性、すなわち意識のある側面は身体的な出来事であることを、多くの人々にとって理解しにくいものにしている。受け継がれたこの目隠しに加え、この種の身体の実践知が常に働いている、反省に先立つ意識の水準で、日常の経験のどれほど多くが起こっているかについても、十分に意識していないという事実を考えれば、この種の身体の知性を捉えることが、なぜこれほど難しいのかは、容易にわかる。そもそも、それについて考えていないときにしか現れないものを、どう捉えればよいのだろうか。それについて考えたり、反省したりしようとした瞬間、それは、反省に先立って生きている、自由に流れる活動ではなくなり、思考の対象になる。

あらゆる思考を、反省的な思考の水準へと還元し、それ以外を、単なる個人的に特異な主観性として避ける、距離を置いた観客としての知覚者でいるほうが、私たちは居心地よく感じがちである。また、感覚する身体全体の、この知の多くを、反省的な思考で捉えたり、自分に表象したりすることはできず、反省のなかで経験できないものを信頼しない。こうしたことを考えれば、自分の経験について、懐疑的で、混乱し、確信をもてずにいるのも、不思議ではない。しかし、ついに、体得することに伴う知のあり方へと身を委ねると、感覚する身体の知性を信頼することを学び、仕事は、努力のいらない、霊感に満ちたものになる。

徒手療法の理論と実践を通って、現在の理解に至ったあと、私たちは、かなり興味深い結論に達する。芸術をつくること、芸術を鑑賞すること、雪のなかを歩き回ること、芸術を演じること、徒手療法を受けること、徒手療法を行うこと、歩行瞑想、光のトンネルを経験すること、あるいは、ただここにいることの、どの経験を見ても、私たちは、同じ帰郷の経験の、異なる深さを見ている。それぞれが、帰るべきところへの道を見いだすのに、いくらか異なる道筋をたどるため、他とは違う入り口のように見える。最もすぐれたとき、徒手療法は、クライアントが同じ経験へと至るのを助けうる入り口である。すなわち、人間の自由を生きて現し、実現することである。クライアントにとって自由が実現されるあり方と、療法家がそれを経験するあり方は、同じ帰郷の経験への、異なる道筋なのである。

[1] 創造的な演奏へと変容する転回が、どのように起こり、経験されるかについての、さらに詳しい記述は、私の著書『広がりのある身体』(バークレー:ノース・アトランティック・ブックス、1995年)の第4章を参照。

[2] ピーター・ラルストン『禅の身体として在ること』(バークレー:ノース・アトランティック・ブックス、2006年)、16–17頁。

[3] トマス・マートン『荘子の道』(ニューヨーク:ニュー・ディレクションズ、1995年)。

[4] ジェフリー・メイトランド「ロルフィングSIの道」『ロルフ・ラインズ』第18巻第3号(1990年5–6月)、1頁。